第6話

「診断の結果、麻生あそうさまは骨格診断ではストレート、パーソナルカラーはブルベースの冬でした」

 ボブカットの女性はそう言ってA4サイズのパネルを見せた。それには黒髪に黒い瞳が印象的な女性のイラストが描かれている。

「顔立ち、遼子りょうこ先生に似てますね」

 隣に座る深雪が言うと、パネルを見せている女性は「キリッとしたお顔立ちが特に」と言ってほほ笑んだ。

「あと吉永よしながさまはナチュラルでイエローベースの春でした」

 女性はもう一枚のパネルを出す。そこには暗めではあるが茶色いミディアムヘアの女性が描かれている。大人びてはいるがかわいらしい顔立ちは深雪とそっくりだった。

深雪みゆきさんに似てるわ」

 遼子が言うと、

「私も似てるなって思ってました」

「髪や瞳の色が似ていることは多々あるんですが、イラストと似ていることはそうないのでこちらも驚きました。今日の診断結果を元にこれからアイテム選びをさせていただきます」

「よろしくお願いします」

 遼子は愛想笑いする。パーティー参加を決めた翌日、午後一番にやってきたスタイリストからなにについて診断するのか一通り聞いたものの結局理解できないままだった。それなのに骨格診断だのパーソナルカラーだの言われてもいまいちピンとこなくて当たり前だ。

 あずまと名乗った女性から聞いた話だと、パーティーに着ていくドレスについて別所から依頼を受けたというし、あとは彼女にすべてを任せよう。遼子はそう決意した。

「今日を含めて二日あれば用意できますので、別所べっしょさまにお届けするものと一緒にいくつかお持ちします。あと麻生さま……」

 診断に使った色とりどりの布を片付けていた東に声を掛けられた。

「なんでしょうか?」

 遼子は無理に笑みを作る。

「お仕事が終わりましたらこちらに行っていただけますか?」

 東は黒いブリーフケースの中から取り出したクリアファイルを差し出してきた。打ち合わせ用のテーブルに置かれたものを見て遼子は驚いた。

「パーティーまで一週間切っていますし、大急ぎでお肌とお体のラインを整えなければなりません」

 え?

 不穏な言葉が耳に入り頬が引きつった。

「スキンケアを行う美容クリニック、ボディメンテナンスを行うエステサロンについてはこちらに書いていますので」

 プラスチック越しに書類を見てみたら、会社からそう離れていない雑居ビルまでの地図と東の名刺がファイリングされていた。

「クリニックもエステサロンも私の名刺を出していただければすぐに施術に入るよう話は通していますので」

 肌や体の手入れ不足を指摘されている気がしたけれど、実際最低限のケアしかしていないからなにも言えなかった。「わかりました」と力なく答えたら、東は満面の笑みを浮かべたのだった。

 本来の業務ではない仕事に時間を取られてしまったせいで、今日やるべきことを終えたのは日が暮れる頃だった。おいしいコーヒーが飲みたくなって一階にある喫茶室へ行こうとして遼子は法務部のフロアを出る。エレベーターのボタンを押して到着を待っていたら、給湯室があるあたりから深雪の声がした。

 彼女も休憩しているのなら一緒に行かないかと誘おうとして部屋に足を向けると今度は男の声がした。

「仕事帰りにうまいもん食わせてやるから付き合えよ」

 どこかで聞いたことがある声だった。足を止め記憶を遡っていたら、深雪のあきれたような声が耳に入った。

「あんたと違って私は忙しいの。だから他の子誘って。たとえば総務のシホちゃんとか」

 すると、げほげほとむせる音がした。

「先週の金曜、シホちゃんとラブラブデートだったんですってね」

「やっ、それは……」

「その前の週はクライアント会社の女の子たちと合コンしたんだってね。しかもそのうちの一人をお持ち帰りしたって聞いたわ」

「だからそれは……」

「もういい。あんたが女たらしなのは昔からだし」

 勝手に耳に入ってくるやりとりを聞いているうちに声の主がわかった。声の主は別所の秘書の岡田おかだだ。彼は深雪の手厳しい言葉の数々にたじろいでいる様子だった。

 深雪は、同い年の同期ではあるが岡田をことのほか嫌っている。そんな岡田と深雪が二人で一緒にいるだけでも驚きだが、それよりも痴話げんかのような会話が気になって仕方がない。二人がどんな関係なのか考えを巡らせていたら、

「あんたと一緒にいるだけで、あんたが口説いた子たちから恨まれそうだから絶対いや。誰かと食事がしたいだけならほか当たって。じゃあね」

 深雪が言い捨てるように別れの挨拶をした。遼子は慌てふためき隠れられるところを探したもののエレベーターホールには観葉植物があるだけだった。

 どうしたものかとうろたえていたら、タイミングよくエレベーターの到着を告げるベルが鳴った。遼子は近づく足音から逃げるように来たばかりのエレベーター乗り込んでドアを閉めたのだった。

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