2話 神と殴り合おうの会

〈舐めるなよ〉


 狼の角の上にある魔法陣が大きくなるとともに、周囲の魔力が狼に集まっていく。

 

(魔法を使う前兆か?)


 魔法による攻撃を警戒しつつ狼から距離をとり、魔法をいつでも放てるように準備をした。


〈絶望しろ人間!〉


 狼が叫んだ瞬間、とてつもない量のオーラが狼の体を覆い周囲の空気が重くなる。

 おそらく身体強化と似たような効果を持っているのだろう。

 

〈油断するなよ?〉


 その声が聞こえたときには、すでに目と鼻の先に爪のようなものがあった。

 俺は最小限の動作で爪を回避する。


(狼の攻撃速度と威力がさっきと比べて数倍上昇している。まあでも、そのぐらいの速度なら俺でもだせるけど)


 右手に魔力を集中させ、狼の腹部を殴る。


〈グッ〉


 かなりのダメージが通った感覚がした。


〈貴様の体が神器に匹敵するだと?ありえない…人間の分際で!〉


 狼は少し焦ったような声で叫ぶと、高く飛ぶ。そして、着地とともに物凄い地震を発生させる。


「地震とか久しぶりだな。ん?魔力が増えてる?いや…それ魔力じゃないな」


  俺の呟きを聞いた狼は、目を見開く。


〈力の違いが分かるか。素晴らしい。その領域に生まれて数年しか経ってない人間が辿り着けるとは。人間であることが実に惜しい〉


 そう言いながら姿を消した。

 認識を阻害する魔法、又は空間魔法なのだろう。

 この世界で一般的に人間が使える魔法は火、水、風、光、闇の5つだ。

 今、このオオカミが使っている空間干渉系の魔法などは人間は習得がとても困難で、人間には100万人に1人が使えるか使えないかレベルとまで言われている。


〈所詮、人間。空間魔法すら見切れない弱小種族よ〉


「と、思うじゃん?」


〈何?〉


「俺とそこらの人間を同類としてみるなよ」


 そう言って即座に空間魔法を展開し、姿を消した。

 

〈な!?空間魔法。貴様も使えるとはな〉


「人間が空間魔法を習得するのは困難だと、どこかのお偉いさんが言っていたそうだが、それは間違いだ。特殊魔法は構築の仕方が独特だから、使える人間から直接教えてもらう必要がある。その人間がいないか、教えようとしていないから使えない人間が多い。それと特殊魔法の使用に必要な魔力量もそこそこ多い。この二つが原因で習得困難だと思い込んでしまっているだけだ。その気になれば全人類が空間魔法を習得できる」


〈確かにそれはあるかもな…〉


「まあ俺は適当にやってたら、たまたま使えるようになっただけだが」


 空間魔法『空間固定』を発動する。

 

〈空間固定…空間魔法の難易度は中級ぐらい…だが人間が使うとは異常だな〉


 基本属性(一般属性)はカタカナ系で、特殊魔法が漢字系というのが使用できる出来ないに関係しているのかも知れない。

 

(ていうか、魔法を使用する時、絶対頭の中に魔法名が浮かんでくるんだよな。正直少し邪魔…)


 数年間いろいろな工夫をしてきたが、こればかりはどうしようもできなかった。


〈ここで仕留めなければ、貴様は世界の…神の敵になりうる存在だ〉


 狼は俺の背後に移動し、爪で攻撃をしてくる。

 その攻撃をノールックで回避、隙のできた狼の胴体に3発のパンチを放つ。


〈速く…そして、重い〉


 そこからはほとんど同じ動作の繰り返し。

 狼は超高速移動でいろいろな方向から攻撃を仕掛けてくるが、それを俺は最小限の動作で回避、そしてそのたびに狼の胴体に拳を叩きつけていた。

 

〈貴様…どれほど…〉


「うーん、飽きた。終わりにしようか」


 俺は近くにある木へ余裕をもった足取りで移動し、枝を折る。

 長さ30センチぐらいの枝を手に持ち、そのまま先程の位置へと戻った。


(実戦での使うのは初めてか)


 笑顔で、枝を天に向ける。


「さあ、俺の最高最強の奥義を見せてやる」


 周囲の空気が、木々が揺れる。

 俺の手に持つ枝にはとてつもない量の魔力…いや、狼が見せた魔力とは異なる力が集う。

 

〈それは…待て!それは神力!?神力なのか!?〉


 天に向けた枝をかっこよく振り回し、地面へ突き刺す。

 そして、精一杯のイケボを作り最高最強の奥義の名を口にする。


「断絶」


 その瞬間、目の前の空間が真っ二つに裂けた。

 

〈な…これは…〉


 次に見た時、狼の体は頭と胴体が離れ離れになっていた。

 空間が裂けたことによって狼だけでなく、周囲の地形にも影響が出ている。


「あれ?少しやりすぎたかな?うーん空間魔法は魔力の微調整が難しいな…」


 手に持っていた枝が粉々になり、風に吹かれて消えていく。

 枝は俺の魔力(神力なるもの)に耐えることができず、形を維持できなくなったようだ。

 手を軽くはたき、瀕死状態の狼に近づく。

 

「俺の勝ちだな」


〈そのようだな…。人間もまだ捨てたものじゃないのかもしれないな。貴様のような化け物が生まれる種族だ〉


「俺は例外中の例外かもしれないぞ?」


〈転生者〉


「転生者について知っているんだな。ってことは、俺以外にも転生者はいるってことか?」


〈ふ、それは知らない。この世界で最後に転生者を見たのは100年前だ。今のこの世界に転生者が絶対にいるとは言えない〉


 100年前。転生者だったら生きてそうなのが少し怖いところだ。


(あ、そういやまだやることがあった)


 右手で魔法の構築を始める。


〈何をするつもりだ?〉


「え?とりあえず治療しようかなって」


〈我が再び貴様を襲うとは思わないのか?〉


「え?いいよ別に、軽く倒せるから」


〈ふっ、貴様は面白い男だな〉


 構築していた魔法が完成したため、発動する。

 発動した魔法は回復魔法の最上級『完治フルヒール』。

 なんとこの魔法一つ使うだけで俺の魔力の100分の1が削れるのだ。俺の魔力量ならば基本的な5属性の最上級魔法でも10000分の1ぐらいしか削れないのに、だ。

 だが、魔力の消費量が多いだけ効果も大きい。なんと、体の欠損などを完全に治すことができるのだ。

 しかし、すべてを治すことは不可能で、呪いや魂・精神の治癒は不可能だ。

 フルヒールの魔法を受けた狼は起き上がる。

 離れ離れになった狼の頭と胴体は完全にくっついていた。

 一瞬だけ襲ってくるかもしれないと警戒したものの本当に襲ってくる気はないらしい。

 まあ、いちいちぶっ飛ばすのも面倒なのでこちらとしてもありがたい。


〈人間、魔力の総量すらも桁外れとはな…。そういえば名を訊いていなかったな〉


「あれ?そうだっけ。俺はレイスト・フィルフィート。最強な男です」


 俺の自己紹介を聞いた狼は笑いだした。


〈ふっ、つくづく面白い男だ。確かに、貴様は最強に近い存在なのかもしれないな〉


 こうして俺の森の狼退治魔法の練習は終了した。




 狼といろいろ話した後、帰宅する。

 

「ただいまー」

「お帰りー」


 玄関を開け歩いて行くと、キッチンにて母さんが晩御飯の準備をしていた。

 周囲を軽く見回すが父さんがいない。


「父さんどこかに行ったの?」

「あー、さっき地震が起きたって村人が騒いでいたから、近所の様子とか見に行ってるんじゃない?」

「へー」


 少し気まずくなった俺は、二階へと上がる。


(すいません村人の皆さん。地震発生の原因は俺です…)


 心の中で村人へ謝罪した。




 自室に戻った俺はすぐに魔法を展開する。

 展開した魔法は盗聴、覗き見対策になる空間魔法『空間固定』だ。

 狼戦でも使ったが、この魔法はその名の通り空間を固定する魔法だ。固定された空間の中では、いかなる空間干渉系魔法も通用しなくなる。

 

「どれどれ、あ」


 ここで俺はやらかしたことに気づいた。


「空間固定したら異空間収納使えないじゃん」


 ということで一回解除し、空間魔法『異空間収納』を使用し、中から狼さんからいただいたアイテムを出す。

 そして、再度空間固定を発動。

 ゆっくりとアイテムを確認していく。

 

「えっと、まずはこれなんだろう?」


 まず、手に取ったものは木でできた日本刀だった。


(え?なぜに木?そういえば、狼がこれ俺にくれる際になんか言ってたな…)


 たしか、『神晶樹でできた刀は、そのまま使えばただの木刀にすぎない。神力を流すことでその刀は化ける。万物を切り裂く刀となるだろう。それと一つだけ。その神晶樹の刀は我ら神獣がこの世界に来る前より、この場所にあったものだ。おそらく神器の類であるのだろうが、その力は我ら神獣にも測ることができなかった。まあ、貴様なら使いこなせるのだろう』と。


(ああ、完全に思い出した)


 これは今度試すとして他のものを見よう。

 次に手に取ったものは、綺麗な宝石のようなものだった。これは確か壊魔石といったな。

 魔法を壊す石。魔法使いの天敵になれそうなアイテムだ。


 その後も俺は次々とアイテムを見ていった。

 神晶樹が少し、神狼の毛、神狼の角…全部貴重そうなアイテムばかりだ。


(…まてよ?これは…)


 アイテムを物色していくうちに、俺は素晴らしいことを思いついた。

 



 狼との闘いから約2年が経過した。

 俺の現在の年齢は10歳。

 今までの2年間、俺は新たなる技術の習得に挑戦していた。

 その技術、それは魔道具制作だ。

 狼に貰った貴重アイテムは実に素晴らしいものだった。だから見た瞬間に最高のアイテムを…魔道具を作りたくなった。

 だが、職人を頼ろうにも親の目がある。ならばどうする?自分の手で作ってしまえばいいのだ。

 だが、それを実行するには問題があった。

 それは、俺に魔道具制作の知識がろくにないことだ。そんな状態で最高の魔道具が作れるわけがない。だから俺は夜に近場の町などに足を運び、魔道具制作職人的な人達の資料などなどを盗…借りたのだ。

 その結果、俺は自分でも納得のできる魔道具を作り出せるようになった。

 正直、1年目でそこそこのレベルの道具は作れるようになっていたのだが、ついつい夢中になってしまって、プラス1年技術を磨いていた。 

 おかげさまでこの世界で魔道具製作者のトップに立てるぐらいの自信がついた。

 今回作成した魔道具の数は3つ。まだまだ狼からもらった素材はある。一気に全部消費してももったいない気がしたので3つだけ魔道具を作成したのだ。

 白銀の王シルバグラディア(俺が名付けた)という変形型の魔法の杖と、フード付きの漆黒のコート、万能指輪、この三つを作った。


(早速、機能を試してみたいのだが……そのためには、敵を見つけないとな)


 俺は悪い笑みを浮かべた。



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