第71話 転換点

 開戦からわずか二年足らず。

 その間に太平洋艦隊は一度や二度ならず、三度にわたって全滅の憂き目に遭った。

 第二次オアフ島沖海戦と呼称されることになるこの戦いで、太平洋艦隊は一二隻の空母と六隻の戦艦、それに一二隻の巡洋艦と五二隻の駆逐艦をすべて撃沈された。

 しかも、撃沈されたのは「エセックス」級空母や「アイオワ」級戦艦、それに「ボルチモア」級重巡や「フレッチャー」級駆逐艦といった新鋭艦ばかりで、旧式艦はただの一隻も無い。


 そして、失われたのは艦艇だけではなかった。

 むしろ、もっと貴重なものが失われた。

 それら艦を動かすための人材だ。

 マーシャル沖それに二度にわたるオアフ島沖の戦いにおいて、戦前から入念なトレーニングを施してきた古参将兵のほとんどが失われた。

 生き残った者はそれこそ希少種どころか絶滅危惧種の扱いとなっている。

 過酷な洋上戦闘に耐えられる人材が払底したことで、新鋭艦が続々と竣工しているのにもかかわらず、その戦力化は遅々として進まない。

 新兵を育てるための教官や教員が著しく不足し、まずはそういった人材を養成しなくてはならないのだ。

 米海軍がその人的ダメージから立ち直るには、相当程度の期間が必要だった。


 だが、相手の苦境に対しては、これを一切忖度する必要などまったくない。

 むしろ、傷口を広げることに努めるべきだ。

 だから、連合艦隊は成すべき事を粛々と進めていく。

 もちろん、今成すべきはオアフ島への攻撃だ。

 同島に存在する軍事施設はもちろん、港湾施設と道路、それに橋梁といった社会インフラもまた徹底的に破壊し尽くすのだ。


 二〇隻の空母からは零戦や天山が代わる代わる出撃する。

 これら機体はオアフ島にある飛行場や対空陣地、それに要塞砲に対して爆弾やロケット弾を浴びせていった。

 一方の米軍は戦闘機の大半を失ったことで効果的な反撃が出来ずにいた。

 母艦航空隊がオアフ島に対して猛威を振るっている間、駆逐艦やあるいは補給部隊に随伴してきた掃海艇は同島周辺海域の掃海にあたった。

 もちろん、それは戦艦や重巡洋艦といった大型水上打撃艦艇による艦砲射撃のお膳立てを整えるためだ。


 掃海の終了と同時に艦砲射撃が実行に移される。

 「大和」をはじめとした一二隻の戦艦、それに「愛宕」をはじめとする一〇隻の重巡が二〇センチから四六センチまでの大小さまざまな砲弾をオアフ島に叩き込んでいく。

 その数は最終的には一〇〇〇〇発にも及び、このことでオアフ島は完全に基地としての機能を失った。


 この戦いの結果は、米軍に大いなる衝撃を与えていた。

 中でも日本の艦上機が繰り出してきた異様に命中精度の高い空対空ロケット弾それに空対艦誘導弾といった新兵器に対してはそれが顕著だった。

 米軍のほうはそういったロケット兵器は実用化には至っていない。

 いまだに急降下爆撃やあるいは雷撃といった旧態依然とした戦技に頼らざるを得ないのが米軍の置かれた状況なのだ。

 米国は科学力において日本よりも遥かに進んでいるという自信は、しかしこのことで完全に粉砕されてしまった。

 いずれにせよ、それら新兵器によって太平洋艦隊の艦艇はそのことごとくが撃沈された。

 逆に、太平洋艦隊はただの一隻も撃沈していない。

 これで、ショックを受けないほうがどうかしている。


 そして、この事実はほどなく米政府に、そして米国民の知るところとなる。

 このことで、戦場となったハワイ住民はもとより、西海岸住民からも日本との早期講和を望む声が上がりはじめる。

 ルーズベルト大統領個人が起こしたとされる戦争によって、自分たちの街が戦火に巻かれるなどまっぴらごめんというのは、人としては当たり前の心情だ。


 第二次オアフ島沖海戦の惨敗は、当然のこととしてルーズベルト大統領の人気とそれに伴う権威をどん底まで失墜させる。

 相次ぐ失態に、ルーズベルト大統領は野党共和党だけでなく、仲間であるはずの民主党の議員からも突き上げを食らう始末だ。

 戦争が始まって以降、超低空飛行を続けていた支持率にもめげずに国家の指導者であり続けてきたルーズベルト大統領も、さすがに体力それに精神力の限界を迎えた。

 ルーズベルト大統領は病に伏せ、急遽ウォレス副大統領が国家のかじ取りをすることになった。


 混乱する米政界だが、そこに自由英国軍を率いるチャーチルそれにソ連のスターリンがつけ込む。

 かつて、米国を欧州大戦に引き込むために同国と日本との仲違いを画策したチャーチルとスターリンだったが、しかし今では米国と日本の戦いは母国に対して害こそあれ益は無いものと判断していた。


 英国を下したことで対ソ戦にその全力を傾注できるようになったドイツ軍に対し、ソ連軍のほうは防戦一方だった。

 現在は冬の到来によってドイツ軍の進撃は停滞しているが、しかし来春の雪解け以降に再び侵攻を開始することは目に見えている。

 そして、そのドイツは日本に対して対ソ戦に踏み切るよう執拗に誘いをかけている。

 もし、これを日本が受諾し、そして彼らがベーリング海の封鎖に踏み切れば、米国からの支援物資を絶たれたソ連軍の弱体化は決定的なものになる。

 下手をすれば、ソ連そのものの命運が尽きるかもしれない。


 一方、チャーチルもまた本土解放に向けては、日本とそして連合艦隊の存在があまりにも邪魔だった。

 米国と日本が戦争状態にある限り、その多くの戦争資源が太平洋側に流れてしまう。

 実際、米海軍は新造艦のほとんどを太平洋艦隊に配備しているし、米陸軍もその戦力の多くを西海岸の防衛に回している。

 そして、そのような状態が続けば、英本土奪回はいつの日になるか分かったものではない。


 現状を憂うチャーチルとスターリンだったが、しかしその二人にとっての共通のキーパーソンがいた。

 ビンタ・サツタバという圧倒的な財力を誇る日本人だ。

 彼は日米の戦争に対して極めて否定的な態度であり、そして誰よりも戦争の早期終結を望む者の一人だった。

 だが、彼は戦争反対を唱えるだけの単純な平和主義者ではない。

 安っぽい正義感や義侠心ではなく、損得勘定や合理精神で事にあたる人物だ。

 だからこそ、チャーチルとスターリンはある意味において自分たちに近い感性を持つビンタ・サツタバという男が信用できた。

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