第70話 残存艦隊壊滅

 米機動部隊あるいは米水上打撃部隊を攻撃した二四〇機の天山だったが、しかしこのうちの一二機が未帰還となり、さらに四七機が即時再使用不可の損傷を被っていた。

 未帰還率が五パーセントという低率で済んだのは、天山がイ号一型甲無線誘導弾を使用したからだ。

 もし、従来の緩降下爆撃や雷撃で米艦を攻撃していれば、被害はこの程度では済まなかったはずだ。


 第一艦隊と第五八・七任務群が干戈を交えていた頃、第一航空艦隊と第二航空艦隊、それに第三航空艦隊と第四航空艦隊は米機動部隊の残存艦隊にとどめを刺すべく、一八一機の天山を繰り出していた。

 一方、三群発見された米機動部隊のうち、その中核戦力であった一二隻の空母は昨日のうちにすべて撃沈している。

 また、それらを守っていた巡洋艦や駆逐艦のうちの三割以上を撃沈あるいは撃破していた。

 現時点で健在なのは、二隻の巡洋艦とそれに二七隻の駆逐艦だけであり、それらの多くはいまだに無傷を保っている。

 損傷艦については、その損害程度が大きいものは、おそらくは自沈処分したのだろう。

 脚が上がらない損傷艦を抱えていては、逃げられるものも逃げられない。


 一方の襲撃側の天山のほうは、少しばかりその編成を変えていた。

 天山は四機で一個小隊、三個小隊で一個中隊としている。

 この戦いでは「赤城」と「加賀」それに「翔鶴」型空母は二個中隊、「蒼龍」と「飛龍」それに「雲龍」型空母には一個中隊が用意されていた。

 しかし、それら二〇個中隊は今ではそれぞれ三個小隊から二個グループへと変更され、四機乃至五機で一つの戦闘単位を形成している。

 もちろん、これは稼働機が減ったことに対応するための措置だ。


 「各位に達す。これより攻撃を開始する。攻撃の順番はまず一航艦。さらに二航艦それに四航艦が続き、最後に三航艦だ。攻撃法については各艦隊の最先任者の指示に従え」


 攻撃隊総指揮官兼三航艦攻撃隊指揮官兼「赤城」飛行隊長の村田少佐の命令一下、一航艦の四三機の天山が一〇のグループに分かれ、襲撃機動に遷移する。


 いずれの機体も昨日と同様、腹にイ号一型甲無線誘導弾を抱いている。

 一航艦の天山は時間差を置いてそのイ号一型甲無線誘導弾を発射していく。

 一斉攻撃に出ないのは、イ号一型甲無線誘導弾を誘導するための無線周波数チャンネルに限りがあるからだ。

 その周波数の数はドイツのHs293と同じ一八。

 つまりは、同時に発射できる最大数もまた一八発までということだ。


 一方、狙われた側の米巡洋艦や米駆逐艦は昨日とは違ってイ号一型甲無線誘導弾ではなく、天山にその高角砲や両用砲を指向してきた。

 わずか一日足らずの間に、イ号一型甲無線誘導弾を無力化するには天山を撃ち墜とせばいいということに気づいたのだ。

 ある意味、恐るべき学習能力、恐るべき対応能力だと言えた。


 ただ、イ号一型甲無線誘導弾の長所は目標艦まで最小でも四〇〇〇メートルの距離を置けることだ。

 敵の機関砲や機銃の狙いが正確になる前にイ号一型甲無線誘導弾を目標艦に食らわせ、そして離脱がかなうのだ。


 それでも、高角砲弾や両用砲弾の危害半径に捉えられる天山が続出する。

 中にはイ号一型甲無線誘導弾に直撃を食らって爆散する不運な機体もあった。

 それでも、充実した防弾装備のおかげで撃墜される機体はさほど多くはない。


 残存艦隊の外郭を固める一〇隻の米駆逐艦に向けて、天山から四〇発のイ号一型甲無線誘導弾が発射される。

 波状攻撃のようにして米駆逐艦に襲いかかったイ号一型甲無線誘導弾だが、そのうちの九発が無線送受信機構かあるいは推進機構などのトラブルによって脱落する。

 しかし、残る三一発のうちの二七発までが米駆逐艦に命中した。

 少ない艦で二発、中には四発食らってしまうという不運な艦も存在した。


 駆逐艦が一〇〇〇キロの弾体に四〇〇キロの炸薬を内包したイ号一型甲無線誘導弾を食らえば、一発で攻撃力や機動力を大きく減殺され、複数食らえばまず浮いていられない。

 実際、被弾した米駆逐艦はそのいずれもが盛大に煙を噴き上げ、這うように進むかあるいは洋上停止している。


 健在艦が二九隻から一九隻に減った残存艦隊に対し、次鋒を任された二航艦の四六機の天山が容赦無くイ号一型甲無線誘導弾を叩き込み、さらに一〇隻を刈り取る。


 残る九隻に対して四航艦が猛攻、一隻残らず炎上させたうえに、新鮮な獲物にあぶれた最後のグループは小物の中の大物である巡洋艦にイ号一型甲無線誘導弾を撃ち込んでいった。

 圧倒的過ぎる味方の戦闘に、呆れにも似た感情を覚えつつ、村田少佐は最後の命令を下す。


 「三航艦の各隊は傷の浅そうな艦を狙え」


 眼下にある獲物のすべてが撃沈あるいは撃破されてしまった以上、他にかける言葉が見つからない。


 (第二艦隊の連中に恨まれそうだな)


 胸中にわき上がった場違いとも言える想念に、村田少佐は苦笑をこぼす。

 四隻の「金剛」型戦艦を主力とする第二艦隊は快足を飛ばしてこの海域へと急いでいる。

 もちろん、残存艦隊にとどめを刺すためだ。

 しかし、肝心の相手はこれから自分たちがすべて始末する。


 オアフ島沖海戦や北大西洋海戦で大暴れした第一艦隊とは違い、第二艦隊はこれまで艦隊決戦の機会に恵まれてこなかった。

 例外なのは、第一艦隊から第二艦隊に配置換えとなった第七戦隊それに第八戦隊くらいのものだろう。

 そして、彼らがこの海域に到達した頃には米艦は一隻たりとも浮いていないはずだ。


 (まあ、彼らが来てくれるからこそ、こちらは思い切りやれる)


 すべての米艦が沈没することで、大勢の米将兵が海に投げ出されることになる。

 しかし、第二艦隊がここに来てくれるのであれば、捕虜になるとはいえ、かなりの米将兵が助かるはずだ。

 だが、そういった考えを頭の隅に追いやり、村田少佐は海面を物色する。

 少しでもマシな獲物を見つけ出し、そしてイ号一型甲無線誘導弾をプレゼントしてやるのだ。

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