第62話 空の初見殺し

 オアフ島の空を守る戦力は陸軍が一〇八機のP38ライトニングとそれに一四四機のP47サンダーボルト、それに海兵隊のほうは一〇八機のF4Uコルセアの合わせて三六〇機だった。

 これとは別に四八機のPV-1があったが、しかしこちらは哨戒爆撃機の機体を流用した夜間戦闘機であり、戦闘機同士の空中戦に参加させるわけにはいかなかった。

 そして、これらのうちP38とP47、それにF4Uはそれぞれ三隊に分かれ、一隊が上空警戒、残る二隊のうちの一隊は即応待機で残る一隊は整備補給というローテーションだった。

 その彼らに敵機来襲の報がもたらされる。


 「敵編隊探知! 機数およそ三〇〇乃至三五〇!」


 日本側の攻撃を予期し、あらかじめ配置についていた最も腕の立つ熟練オペレーターが日本機群の現在位置や的針、それに的速を告げる。


 「即応待機中の機体はただちに発進、上空警戒中の部隊と合流したうえで敵編隊の迎撃にあたれ! それと、整備補給ローテーションの機体の中で、すぐに飛び立つことが可能なものも急ぎこれに加われ!」


 空戦指揮官は一切の迷いもなく全戦闘機隊に迎撃を命じる。

 来寇した連合艦隊は二〇隻の空母を擁していると見積もられている。

 そうであれば、こちらに向かっている機体がすべて戦闘機であったとしても何ら不思議ではない。

 もちろん、第一波相手に全力出撃すれば、敵の第二波に対する備えが手薄になってしまう。

 しかし、まずは敵の第一撃に対処するのが先決だ。


 それと、空戦指揮官が上空警戒組と即応待機組の合流を命じたのは、敵編隊の性質あるいはその目的を看破していたからだ。

 日本の機動部隊は先に戦闘機で固めたファイタースイープ部隊を送り込み、相手の反撃力を減衰させたうえで次に本命の戦爆連合を投入するといったやり方を多用している。

 米海軍もそして英海軍も、こういった日本海軍のやり口に散々に煮え湯を飲まされてきた。

 ここでその反省を生かさなければ、それこそこれまでに犠牲になった戦友たちに顔向けが出来ない。


 上空警戒組、それに即応待機組が合流することで戦力は厚みを増す。

 だが、一方で迎撃は遅れるから、その分だけ連中に接近を許すことになる。

 しかし、これは割り切るしかなかった。

 少なくとも過少戦力の逐次投入によって各個撃破されることを思えば、遥かにマシな措置だと言える。


 空戦指揮官の命令一下、即応待機状態にあった一二〇機の戦闘機が次々に発進、急速に高度を上げつつ同じく一二〇機の上空警戒組との合流を急ぐ。

 また、駐機場では整備補給組の中で出撃態勢が整った機体がタキシングを開始、誘導路へと向かいつつある。

 レーダーによって確保できたわずかな時間的余裕は、しかしそれこそあっという間に溶け去っていく。


 「戦闘機隊、まもなく日本側編隊と接触!」


 レーダーオペレーターのわずかに興奮を含んだ、それでいてよく通る声が指揮所内に響く。

 場の空気が一気に緊張の度を深める。

 オアフ島をめぐる一連の戦いがついに開始されたのだ。






 「敵は二五〇機前後。間もなく視界に入るはずだ。敵編隊が射程圏内に入り次第、噴進弾による攻撃を開始せよ。発射の時宜についてはこれを中隊長に委ねる。なお、噴進弾を発射した後はそのまま前進、オアフ島の飛行場に殴り込みをかける」


 先行する三式艦偵に座乗する攻撃隊指揮官からの命令からほどなく、三三六人の零戦搭乗員らは前方の空に多数のゴマ粒が染み出してくるのを認める。

 高度はほぼ同じだから、上昇も降下も必要無い。

 異様に早い相対速度のせいか、ゴマ粒がそれこそあっという間に飛行機の形へと変貌する。


 「撃てっ!」


 二八人の中隊長の気合のこもった命令に、三三六機の零戦の翼下から異形が放たれる。

 イ号一型乙空対空噴進弾。

 最初は海軍技術研究所、後に空技廠に研究開発が引き継がれて完成した空対空ロケット弾だ。

 長射程、大威力を兼ね備えるために、一般的なロケット弾のそれを大きく上回る一二〇キロもの重量を持つに至る。

 零戦の翼下からそれぞれ四発、合わせて一三四四発の大重量ロケット弾は狙い過たず米編隊の只中へと突っ込んでいく。


 一方、P38やP47、それにF4Uの搭乗員たちにとってイ号一型乙空対空噴進弾による飽和攻撃はそれこそ青天の霹靂とも言えるものだった。

 優れたブローニング機銃によって常に先制攻撃を仕掛けるのは自分たちだという思い込み。

 それに、白煙を引いてこちらに向かってくる見たこともない兵器の存在。

 小さな油断、それに新兵器に対してのわずかな逡巡は、コンマ秒を争う空の戦いの中ではそれこそ致命的だった。

 一〇〇〇キロ近くに迫る相対速度の中において、米搭乗員に与えられるリアクションタイムなどほんの一瞬でしかない。


 イ号一型乙空対空噴進弾の近接信管が持つ電波の目がP38やP47、それにF4Uを次々に捉えていく。

 同時に弾頭が炸裂、米戦闘機をその危害半径の中に飲み込んでいく。


 イ号一型乙空対空噴進弾による攻撃が終了した時点で、二四〇機あった米戦闘機は、八〇機あまりにまでその数を減じていた。

 姿を消した三分の二の機体のほうは、撃墜されるかあるいは戦闘続行が不能になるほどのダメージを受けて戦場からの離脱を図っている。

 残る三分の一は幸運にもイ号一型乙空対空噴進弾に狙われることが無かったか、あるいは咄嗟の急降下によって難を逃れた機体だった。


 P38やP47、それにF4Uを蹴散らした零戦はそのまま速度を上げてオアフ島へと進入を果たす。

 そして、各中隊は事前に定められた飛行場へと舞い降り攻撃を開始した。


 零戦はまず緊急発進中のP38やP47、それにF4Uに狙いを定める。

 滑走路から今にも飛び上がらんとする機体に背後から二〇ミリ弾をしたたかに浴びせ、これを炎上させる。

 すでに飛び上がった機体も、しかし高度や機速が十分に上がりきっていないから、撃墜するのは容易だった。


 邪魔者の戦闘機を始末した後、零戦は駐機場や誘導路にわだかまる爆撃機にその矛先を向けた。

 戦闘機の発進を優先させたために、爆撃機のほとんどは地上に残されたままだった。

 いくら管制能力に優れたオアフ島の飛行場といえども、即応待機中の戦闘機を緊急発進させたうえに、さらに整備補給ローテーションにあった戦闘機まで飛ばそうとすれば、どんなに頑張っても爆撃機にまでは手が回らない。


 一方、零戦のほうは相手の事情などそれこそお構いなしに、容赦無く二〇ミリ弾を撃ち込んでいく。

 効果は劇的だった。

 どの爆撃機も決戦に備えて爆弾や銃弾それに燃料を満載していたからだ。

 零戦が両翼を閃かせるごとに、それこそ面白いように爆発が連鎖していく。


 零戦が飛行場を攻撃していたのはごく短い時間だった。

 わずかな銃撃だけで相手が勝手に自爆あるいは誘爆してくれるから、さほど手間暇をかける必要はなかった。


 その零戦が翼を翻して、高度を上げながら戦闘態勢へと移行する。

 最初にイ号一型乙空対空噴進弾で攻撃した敵の生き残りが追いすがってきたのだ。

 しかし、その数はさほど多くはない。

 一方で、零戦のほうはいまだ三〇〇機以上が健在だ。

 オアフ島における空の戦いは、すでに大勢が決したと言ってよかった。

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