捨てられ悪役令嬢、邪神に拾われる。

すずきこふる/ビーズログ文庫

一章 捨てられ悪役令嬢、邪神に拾われる。

1-1


 なまりいろに染まった空からおおつぶの雨が降り注ぎ、少女のがいとうを激しくたたいていた。

 どろみずねることもいとわず、うっそうとした森の中をただただはしける。まんだったきんぱつれる風にあおられ、ひどく乱れてしまっていた。しかし、今の彼女にかみを直すゆうはない。海色のひとみは前だけを見つめ、まさにものぐるいで、か細い足を前へ前へと動かしていた。


(もう~! どうしてこうなってしまったの!? それもこれも全部バカヒロインのせいよ!)


 元こうしゃくれいじょう、ロゼリア・アノニマス。とうぞくに命をねらわれ、ただいま絶賛とうぼうちゅうである。

 頭上ではらいめいが低くとどろき、強くなっていくあまあしのせいで視界も悪い。追手が来ていないかかくにんしたかったが、こんな足場の悪い中を走っていてはかえることもできなかった。


(ああっ! 私がもっと早く前世のおくもどしていれば! 本当にいつも間が悪いんだから!)


 今思えば、ロゼリアは実に運が悪かった。それはもう天性のものと言っていい。公爵家の生まれで、強いりょくを持つことから、この国、レイデルの第一王子とこんやくした。しかし、学院の高等部へ進学後、ぽっと出の編入生、それも平民の少女とうわされたのだ。さらには二人がかくれてきしている現場をもくげきしてしまう間の悪さ。最終的に、ロゼリアを待ち構えていたのは婚約と国外追放という処分だった。

 そして、荷馬車に乗せられた子牛のようなおもちで国外に向かう馬車にられていたところ、盗賊にしゅうげきされてこのありさまである。


「いたぞ!」


 あらあらしい男の声が聞こえ、ロゼリアは悲鳴を上げる間もなく走り続けた。

 盗賊に殺されるきょうしんよりも、なぜ自分ばかりこんな目にうんだという世のじんさへのいかりが勝ってしまい、静かにしたくちびるんだ。ひとまずロゼリアは婚約者をうばった少女を心の底からのろうのだった。


「きゃあっ!」


 ぬかるみに足をすべらせ、身体からだが地面に叩きつけられる。口に入った泥水をしながら、すぐさま起き上がろうとした。


「そこまでだ」


 首筋に冷たいものが当てられ、ロゼリアは動きを止める。


じょうちゃんには悪いが、ここで死んでもらう」

「くっ……」


 髪を無造作につかまれ、無理やり顔を上げさせられたロゼリアは、男のにごった瞳と目が合う。

 うすよごれた衣服に身を包んだ男は、顔にしょうひげを生やし、にたりと笑った口からは黄ばんだ歯がのぞいていた。


「かわいそうにな、こんな若いのに命を狙われるなんて」

「いやっ! 放して!」

「その前にちょっと楽しませてもらおうか? 何、どうせ死人に口なしだ。うらむなら運のない自分を恨むんだな」


 男のなまぐさいいきに、ロゼリアは顔をゆがませる。もうここまでかと目を閉じた時だった。


「お、おいっ! あれはなんだ……?」


 はなれたところでだれかがそう声をふるわせた。

 すぐそばで男が息をむ音が聞こえ、ロゼリアも恐る恐る目を開ける。

 目の前には、まるで真っ黒なインクを落としたような光景が広がっていた。ゆっくりとしんしょくするように広がっていくくらやみは、その景色だけでなく、雨音すらも吞み込むようだった。

 男はハッとした様子で声を上げる。


しょうだ! このままだと吞まれるぞ!」

(瘴気!? あれが!)


 この国では瘴気と呼ばれる黒いきりがたびたび発生していた。浴び続ければたちどころに命を奪われるとされ、国中で問題となっている。王都には瘴気を防ぐしょうへきが存在するため、公爵令嬢だったロゼリアにとってはえんに等しいものであった。

 近づいてくる瘴気の中に、ゆらりとうごめくものをロゼリアの目はとらえた。


「あ……あれは……」


 男もそれを見たのだろう。瘴気にひそむ何かをけいかいし、目をらせずにいる。


「ん? なんだお前ら?」


 聞こえてきたのは、やけに明るい男の声。瘴気の中から現れたのは、一人の青年だった。

 やみけ込むようなしっこくの髪、白いはだはどこか血の気がなく、瘴気の中ではその白さが一層きわつ。ただでさえめずらしい容姿であるのに、こうこうかがやく赤い瞳がより彼の異質性を高めていた。

 彼はいぶかしげに盗賊達を見つめた後、ひとなつっこいみをかべる。そして、しっしっと手ではらうような仕草をして言った。


「まあ、いっか。用があるのは、その女だけだし。お前らはどっか行っていいぞ」

「こ、この! ふざけやがって! くちふうじのついでだ。殺せ!」


 盗賊達が武器を抜いて、いっせいおそいかかる。しかし、向けられたやいばが彼に届くことはなかった。周囲にただよっていた瘴気が盗賊達に向かっていき、彼らの武器にまとわりついたのだ。


「ひぃいっ!」


 盗賊達が恐怖から武器を手放すと、刃はみるみるさびいろに変わり、最後にはあとかたもなくくずちた。異様な光景をたりにし、固まってしまった盗賊達に向かって、青年は変わらず人懐っこいがおを向ける。


「なんだ、動けなくなったのか? なら、瘴気のうすいところまで送ってやるよ」


 彼が指をひょいっと上に向けると、盗賊達の身体がちゅうに浮く。ロゼリアの髪を摑んでいた男はおどろきのあまりその手を放した。


ちんはいらねぇよ。じゃあなっ!」


 まるで遠くにボールを投げるように、青年は天に向かって大きく振りかぶった。

 盗賊達の身体は空高く飛んでいき、頭上をおおっていた分厚い雲をき抜ける。空にぽっかりと穴が開き、そこだけ晴れ間が広がった。青年は盗賊達をぶん投げた方角を見ながら、頭をく。


「やべ、打ち上げ過ぎたわ……まぁ、あの角度なら湖に落ちるだろ」

(た、助かったの……!?)


 正直、何が起こったのかロゼリアは分からなかった。ぼうぜんと空を見上げていると、青年の明るい声が耳に届いた。


「おーい。お前、だいじょうか?」


 そう呼びかけながら、青年がやってくる。

 何はともあれ、ロゼリアはこの青年に助けられたのだろう。何者だろうと、礼くらいは言うべきだ。


「あ、ありが―― ……っ!」


 近くに来た青年の顔を見て、ロゼリアは言いかけた言葉を止めた。


「ん? どうした?」


 しゃがんでロゼリアの顔を覗き込んだ青年は、ひどく整った顔立ちをしている。が、ロゼリアが驚いたのはそこではない。


「あ、貴方あなたは……?」


 ロゼリアがそうたずねると、彼はくったくのない笑みを浮かべた。


「オレはネロ。神様だぞ?」


 その言葉を聞いて、ロゼリアは絶句する。


(ネロっ!? ネロって『せいりゅうでん』のラスボスじゃないの――――!?)


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