第6話 動揺 ①

敬子は退院後またしばらく通院の日々が続いた。退院した直後は体調も良く、普通に家事をこなすことが出来た。

敬子は真壁と会えること、真壁の診察が楽しみになっていた。

一方真壁も敬子に会うのが自然に嬉しく思えてきていた。

「今日も顔色がいいですね」

「はい。先生のお陰です。私、先生が好きです。あ、変な意味じゃなくて…。一人の人間として好きです」

「あはは。ありがとうございます」

「先生、若いですよね?おいくつですか?」

「春日井さんの一つ下ですよ」

「えー!もっと若いと思っていました。それじゃあ奥さんはもっと若いのですか?」

「ええ、まあ、五才下です」

「プロポーズしたんですか?」

「そうですね」

「へぇー。なんて言ったんですか?」

「まあ、人並みですよ」

「ふーん。いいですね。先生の誕生日はいつですか?」

「二月です」

「何日ですか?」

「まあ、それは秘密です」

時には真壁は

「僕は看護師たちに嫌われているんですよ。厳しいから…」

と、敬子にだけ本音を言うこともあった。

真壁との会話は弾んだ。

敬子は顔がにやけて真壁の顔をまともに見れず、思わず右手でおデコをペチン!と叩いた。真壁も

「どうしましたか?」

と顔を緩めて言った。

「参ったなぁ」

敬子が言う。

「全てお見通しですよ」

真壁が満面の笑みで言った。

真壁も敬子も何も言わずとも、お互いの気持ちを理解していた。


二週間後、次の診察日が来た。

この時の真壁の雰囲気がいつもと違うことを、敬子はすぐに察知した。

「先生?何かありましたか?」

敬子は診察室に入り真壁に尋ねた。

「いいえ。いつもと変わりありませんよ」

真壁はパソコンの方ばかり見ていて、敬子の方を見ようとしなかった。

「先生、今日の先生、いつもと違います。何かあったのですか?」

「そんなことないですよ。大丈夫です。それより、診察の時間が長いと言われたので、次からカウンセラーを通して診察することになりました」

「え?カウンセラーですか?」

「はい。だから今までより診察時間も短くなります」

「そんなの嫌です。私、先生とだけ話したい…」

「いや、一応決まりだから…」

「先生はそれでいいのですか?もう話は出来なくなるのですか?」

「…。カウンセリングのあとに僕と診察は出来ますから…。ただ今までより短くなるだけです。今まで長かったから…」

「…。分かりました。先生がそういうのなら…」

「それじゃあ担当のカウンセラーを呼びますね」

真壁の表情は固く、淡々と話していた。そして内線で心理科へ電話をかけた。

五分もしないうちに、一人の女性のカウンセラーが診察室に来た。

「心理の富永です。よろしくお願いします」

「じゃあ次回からカウンセリングを先にして、その後診察ということで…」

「春日井です。よろしくお願いします」

そう敬子が挨拶すると自然に涙が溢れてきた。

「どうしましたか?大丈夫ですか?」

富永が敬子に尋ねる。

「だ、…大丈夫です。少し不安…」

「そうですよね。不安ですよね。でも一緒にお話しながらお互いのことを知っていきましょう。大丈夫ですよ、春日井さん」

富永はそう言って、診察室を離れた。

「じゃあ…」

真壁が手を伸ばし、敬子を診察室から出るように促した。敬子はハンカチを握りしめ、肩を震わせながらドアの前に立った。するとそれとほぼ同時に真壁も席を立ち、敬子の真後ろに立った。敬子の視界に真壁の白衣の裾が見えた。

敬子はドキッとした。ほんの一瞬の出来事だったが、振り向けば抱きしめられる距離だった。心臓の音が大きく波打った。

真壁は敬子の上に手を置き、扉の縦に長い取手を二人で持ちながら、扉を開けた。

真壁はすぐに診察室を後にしたが、敬子は揺れ動く感情に戸惑いながら、診察室を出た…。


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