だってこれ以上聞きたくなかったから
左原伊純
第1話 シェア
くっつけた机の上の二つのお弁当。
私は二つのタコさんウインナーのうち一つを莉奈のピンク色のお弁当箱のご飯の上に置いた。
莉奈が二つのカニさんウインナーのうち一つを私のレモン色のお弁当箱のご飯の上に置く。
私からはだし巻き玉子を、莉奈からはオムレツを。
プチトマトをあげてポテトフライを貰う。
唐揚げを貰ってコロッケをあげる。
「いただきまーす」
莉奈はいつも手を合わせていただきますと言う。だから私も見習ってそれにならっている。
「いただきます」
半分は莉奈の家の味がするお弁当が私のいつものお弁当。
「仲いいよねー」
クラスメートが私たちの弁当箱を見下ろして、楽しそうに笑っている。
皆も仲良いと思うけどなあ?
女子校だし。
「うまそー。わたしにも一つちょーだい?」
クラスで一番のギャルまでやってきた。
「駄目ー。私のものなの」
莉奈は私が作っただし巻き玉子が大のお気に入りなのだ。
「恋人みたい」
私はそのとき何も口に含んでいなかったのに、ごくりとつばを飲み込んだ。恋人という言葉をうっかり飲み込んでしまったんだと思う。お腹にずしっと入ってきた。
「志保は志保だよ。私は恋人も欲しいな」
莉奈の言葉は軽やかで、普通ならさらりと流れていくものだった。だけど私の内側にはりついて、とれない。
莉奈は欲張りだと周りが言う。
そうだよ、もっと言ってやって。彼氏まで望んじゃ駄目だよと、誰か言ってくれたらいいのに。
莉奈の家の味は私の弁当箱の中にいても、しっかりとおいしいのに。
♦︎
夏休み。
まだまだ暑い夏なのに、広告もファッション誌も秋のモードだ。
私と莉奈は秋服を買いに行く。
「お待たせ!」
「今来たところ」
莉奈は学校のときと違い、焦茶のロングヘアを結ばす下ろしている。まっすぐでさらさらの髪。
身長が同じなので目線がばっちり会う。
普段は幼い顔なのに、メイクをしていると大人っぽく見える。いろいろ試しているみたいで、遊びに行くたびに違うメイクをしてくる。
「今日のはどう?」
「大人っぽいよ」
「嬉しい!」
表情は莉奈のままで、安心する。
友達と遊びに行くだけなのに毎回本気でメイクをするのだから、本当におしゃれ好きなんだなと思う。
「志保も可愛いよ。ピンクが似合ってるね」
私はただ、莉奈の隣にいて見劣りしないように頑張っているだけだ。可愛い莉奈と一緒にいるなら可愛い私のほうがいい。
ファッションビル内の冷房はちょっと肌寒いくらいだけど、張り切ったメイクが汗で落ちるのが嫌な身としてはありがたい。
「季節感がないよねー……」
暑い季節が終わってないのに店に並ぶブーツに、おしゃれ好きの莉奈でさえ呆れたような顔をした。
私はネットやYouTubeで、莉奈はファッション誌で、今秋の流行を調べてきた。情報をシェアして、似合いそうなものを片っ端から試着する。
「それは駄目。子供っぽく見える」
「容赦ないー」
私がNGを出すこともあれば。
「この色とこの色のどっちが……」
「試着」
莉奈がGOを出すときもある。
私が試着室から出ると、莉奈は少し離れたところにいた。
ちょうど、棚と棚の間の通路だったので、見てしまった。
莉奈が男の人と話している。
店員さんではない人だ。
確かにここはメンズも置いているお店だから男の人もたくさんいるけど。
普通、お客さんがお客さんに話しかける?
莉奈がすみません、と言っている雰囲気で会釈して、男性は諦めたような笑いかたで去っていく。
なにそれ!
「あ! どっちにする?」
すぐに戻ってきた莉奈が私に服のことを聞くので男の人について聞けなかった。
そもそも聞いてもどうにもならないけど。
メインの服を買い終えると、私たちはアクセサリーのコーナーに来た。
「これよくない?」
なんとなく、互いに似合いそうなものを見せ合っている。いつからかは分からないけど、何度も二人で服やアクセサリーを買いにくるうちに、お互いの好みも分かってきた。
キラキラのラインストーンが中心にある、リボンをかたどった金メッキのイヤリング。金より銀のほうが莉奈には似合う。
これいいよと言おうとしたが、あまり可愛いものをつけたら、また男性に声をかけられるのだろうかと思ってしまって、イヤリングを棚に戻した。
「志保、これいいよ」
パール飾りのイヤリング。莉奈が選んだだけあって私によく似合う。
私は結局棚に戻したイヤリングをまた取り出して莉奈に見せた。
今度遊ぶときは絶対につけてきてねと二人で約束した。
莉奈と別れて、私は帰り道の途中にある自販機でお茶を買った。
一人で飲んでもおいしくないな。
莉奈に彼氏ができたら嫌だな。
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