Medical:Force

北山'sカシス・オレンジ

第1プロローグ 第1話: La villa Harmid



〜第一序章〜

      



誘惑ゆうわくヘビカゴむしたち





ラージャ・ハミードは15歳を迎えた日から、悪夢を見るようになって熟睡とは無縁な生活を送っている。

内容は鮮明に思い出すことは出来ないが、うっすら残る記憶からは恐怖や焦燥感、悲しみや憤りなど複雑に絡み合った感情が波のように押し寄せてくる。

そして、目が覚めると震える褐色の両手を見つめて涙を流している。


「クソッ…またか…。まったく何なんだよこれ」


ラージャはボヤキながらベッドから起き上がり、寝間着から動きやすい服に着替えるとフェイスタオルを持って自室を後にする。


ハミード一族いちぞく華倭國ハナワノクニの民となって、ちょうど150年が経過しようとしている。

ラージャはそのハミード一族の6世代目に当たる。このハミード一族と言うのは、旧バングラディシュ系の移民・難民である。


ラージャは外にある井戸くみ上げ式の黒いポンプをシュコシュコと上下に動かす。

5-6回目には水がジョボボボと音を立てて勢いよく出てきたので両手ですくい顔を洗う。

手の水分を拭いながら髪をかき上げ整える。

一石二鳥だ。

水分を含んだ銀髪が日の光に照らされほんのり輝いているかのように見える。

季節は秋。骨の髄にまで染み渡る水の冷たさに小さく身震いした。


「フゥ、毎度毎度このクソ悪夢には嫌気がさす。いつになったら快適に眠れるのだろうか…」


自身の置かれている現状に毒づきながら農具庫へと赴き仕事の用意をしていると畑の方から声が聞こえた。


「おーーーい。ラージャ!」


あまりの声の大きさに、寝不足の脳ミソに直接蹴りを受けたかのような不快感が走った。

ラージャはその感覚に苛立ちを覚えながら振り向き様に罵声の一つでも浴びせてやろうと試みるも、声の主の性格上なんの意味もなさないことを即座に悟る。

苛立ちが、やがて呆れに変わり、そして大きなため息となって負のエネルギーを消化する。


「はぁ…」


「おーはよっ。今日も寝坊助か?さすが村長の御子息。立派な御身分ってもんだ」


ガタイの大きな青年がニヤニヤしながらラージャに近づいた。

この青年もラージャと同じ民族である。

故に褐色の肌に、対照的な癖のある長い銀髪と奇怪な外見をしている。

ラージャとの相違点はやはりその体躯である。170cmのラージャに対し、この青年の身長は190cmほどで肉付きがよく、おそらく鍛えているのであろう。上半身は裸で動物の牙で作ったであろう首飾りが映えている。

歳はラージャより2-3歳ほど離れており、一つ一つの挙動が豪快でラージャの傍に立つとラージャが小さく見えてしまう。


事あるごとに村の人達に比較されてしまい、互いに年頃であることも相まって、貧相に見えてしまう自分の身体にラージャは若干コンプレックスを感じていた。

やがて、そのコンプレックスは嫌悪感に変わり、苛立ちに変わるのにそう時間はかからなかった。


「黙れクソゴリラ。一々声を張るんじゃねぇ。アルマ、てめぇの呼吸音だけで村のどの位置にいるか把握できるんだよこっちは」


ゴリラと呼ばれた青年は名をアルマ・ハルメドという。

アルマはラージャの背中をパシッと叩くと笑いながらラージャの荷物半分を持つ。


アルマは年上の余裕からだろうか、それとも幼馴染としての日常からだろうか、ラージャの態度に対して腹を立てることはしない。

むしろ厨二っぽく乱暴に振る舞うラージャをイジり楽しんでいる、自称兄貴分である。


「ゴリラとは失礼な。かのゴリラ様に大層無礼じゃないか。知ってるぜ、ゴリラ様は握力が400キロ以上あったんだってな!!実物を見たことはないが昔はそんな奴らが森にわんさかいたんだろ?握力200そこらの俺なんかがゴリラ様を語るのもおこがましいぜ!!」


「握力200は十分獣の類だろ。アルマ・ハルメドを改名して、ゴリマ・ゴリメドにしたらいいじゃねぇか。たちまち村の英雄様だ」


村の南にある畑を目指し歩き出した二人だったが、アルマは突然立ち止まって何かを考えだすと、カミナリに打たれたかのような顔をした。


「…そうか、そうだよな!!やっぱりラージャは頭がいいな!!ちょっとジジィに改名の旨掛け合ってくるぜ」


「ジジィとは失礼なゴリラだ。いくら最長老の曾孫だからと言ってそこまでフランクに呼んでいい理由にはならんだろ」


アルマはラージャを無視して、抱えていた荷物をその場に置くとドスドスと重量感のある足音で立ち去って行く。

アルマの後ろ姿にため息が止まないラージャは荷物を持って畑の道を進むのであった。


「はぁ…。クソゴリラめ、最長老にシバかれちまえばいいんだお前なんか」










朝の冷たい空気に暖かな日差しが差し込み村を温める。

レンガ造りの長屋がいくつも並んで出来ているこの村の名はビリャ・ハミード。

名産と呼べるほどのものはないが、農業と畜産で村の生計を立てている。

村人が少なく、互いに助け合って村が成り立っているため、基本的に物々交換で経済が回るのだ。

無論、貨幣の概念はあるにはあるのだが、必要としていないため誰も興味はないようだ。


移民の初代であるラーナミン・ハミード氏の意向により、文化を絶やさないようにと旧バングラディシュ系の移民・難民で互助集会を始めたのがきっかけだそうだ。

初めは3家族だけであったが移民・難民が増え、集落となり、6世代経過した今では281人ほどの村となっている。


移民当初、コロニーの人口急増防止政策が発令されていたらしいが、コロニーと良好な関係を構築するため、政策廃止後も一族一子を集落の掟として定め浸透した。

よって約150年経過した今でも少人数の村としてとどまっているのだ。

初代ハミード氏の華倭國ハナワノクニに対する配慮と忠義により、「ハミード自治区」として華倭國ハナワノクニ特別自治区域が公式に認められた。…らしい。ここまでは村の歴史として親や教習所で習うのだ。



「おはよう…。おじさん、おばさん」


ラージャが畑にたどり着くとすでに農作業をしている中年の夫婦が目に入る。


「あら~、ラージャ君じゃない。どうしたの浮かない顔して?」


おばさんの言葉に、奥で作業してたおじさんが過剰に反応し近寄ってきた。


「あれか!あれなのか?思春期の爆発なのか??」


おじさん達は俺を気遣っているようだが、俺は下手に気遣われるのが一番苦手なんだ…。

だけど、日頃から世話になってる二人の気遣いを無下にすることもできない。


「少し眠れてなくてね、昨日の疲れが残っただけだよ。心配しなくて大丈夫だから」


心配させない程度に返事をすると、おばさんは「あらそう?」と短く返事すると作業に戻った。

だが、おじさんの方はニヤニヤしながら続けた。


「母さん。思春期の男ってのは悩みが多くて色々追いつかんのだ。そっとしといてやるのが親心ってもんだぞ!(ラージャ!!もしチョメチョメに困ったら俺の秘蔵コレクションを貸してやろう。年代物だが、まだまだ現役だぜ)」


おじさんは大げさに腕を組んだ。

そしておばさんの目を盗み一方的に絡んできたかと思えば、小声でいらん話をしてきた。


「なんか絶妙に勘違いされてる気がする…」


おじさんの勘違いを正そうとしたその時、背後から大声がした。


「何だラージャ、お前欲求不満だったのか!?」


畑は広い。

そこそこの人数が作業していたが、アルマの声もまた大きかった。顔中にタンコブをこさえてアルマが帰っていたのだ。

そしてその日、俺は死んだ。社会的に死んだのだった。

その後1週間は「ラージャは欲求不満野郎である。」と村中の話のネタになったのは言うまでもない。


「アルマてめぇ、今度こそ息の根止めてやる。この腐れゴリラが!!!絶対に殺してやる!!この脳筋バカゴリラが!!」


アルマは「やれやれ」とでも言いだしそうなポーズをし、困り眉で肩をすくめる。


「おいおい、モヤシがゴリラに叶うわけがないだろ!!それに俺はすでにアルマではない。敬意をこめてゴrrrrrrrrリィィィィマと呼びたまえ。巻き舌でなっ!!」


チッチッチッと人差し指を立てて左右に振る。


(ん?ちょっと待てよ!!)


………。


「ちゃっかり改名案通してんじゃねえええええよ、腐れゴリラアアアァ!!」


俺は近くのくわを持ってアルマに襲い掛かった…。


だが、すぐに頭頂部の強い衝撃とともに目の前が真っ黒になった…。

そこで記憶は途絶えている。




――ここは…。全てが白黒だ…。

外は雨が降っており、俺は建物の扉の前で立っている。

雨に打たれているようだが、感覚が全くない。何も感じない。

手には短刀のような刃物を握っているようだ。

建物の中は薄暗い部屋が広がっていた。

誰かが、部屋の奥の壁にもたれ掛かるように座っている。しかし顔がよく見えない。扉から差し込む光は、座ってる人物の胸辺りで止まっている。

その人物は、俺から逃げるように後ずさりしたようだ。なぜならその人物と俺との間に黒い液体でベットリと直線が引かれているからだ。

同じ黒い液体が俺の持つ刃物と両手にもベットリとついている。


「……ラージャ…、ゲホッ!…なぜなんだ…。なぜ毎回なるんだ…。いったい何年費やしたと思ってるんだ…。ゲホッ!ゲホッ!」


俺に刺されたらしい、その人物が話しかけてきた。

何のことを言っているのかさっぱりわからない。


「チッ、知るか。これがコロニーの答えだ」


俺の意志に関わらず口から勝手に言葉が出た。

どうやら俺とこの人物は知り合いのようだが、今の俺には心辺りはない。

…しかし、その人物の声からなんだか懐かしさを感じる。

まるで旧知の友のような。

俺は刃物を腰の鞘にしまい、黒い液体で汚れた自分の両手を見つめた。そして両手は震えていた。

やがて意識が遠のく。

これは…。


クソッ、またか――。





いつものように、俺は震える両手を見つめて涙が溢れていた。

目を覚ました頃には日も陰り、すっかり薄暮になっていた。周りを見回すといつの間にか自室に戻っており、枕元のランプに明かりがともっていた。


「って」


頭頂部に激痛が走った。

俺はすぐにアルマの返り討ちにあったことを理解した。


ギィィ。


自室の扉が開いた。

現在、最も会いたくない人物が現れる。


「なぁ、大丈夫か?頭、痛むか?」


「自分でぶっ飛ばしておきながら、どういう了見だクソゴリラ」


アルマは扉の陰から、申し訳なさそうに姿を見せた。


「さっきは本当に悪かった」


「それだけなら帰っていいぜ。もうお前に用はない」


アルマの平謝りなど聞き慣れている。今のもすぐにそれだと分かった。

アルマがニッと笑うと俺のベッドまで歩み寄り腰かけた。


「まぁ、そう腐るなよ。いい話を持ってきたんだ」


「ケッ、お前のことだ。どうせ、しょうもないことだろ」


大抵この手の話はいつもろくでもない方向に進み、最悪の結果になるんだ。

加えて言えば、全てのしわ寄せが俺に来るところまでは見えてる。


俺は肩まで毛布を掛け直して壁を向き、アルマに背を向ける。

だがアルマは、構わず話をつづけた。


「お前、ここ半年しっかりと寝むれてないんだろ」


「……」


いきなり核心を突かれ面食らってしまった。まさか気づかれていたとは思わなかったからだ。


「今朝、ジジィん所に行った時その話になったんだ。その様子だと、お前は隠してたつもりだったんだろうけどよ、みんな気づいてるぜ」


「……」


俺は上半身を起こしアルマを見る。

心配かけまいと隠してきたことがみんなに知られてたのは意外とショックだ。

…なるほど。

道理で、おじさんおばさんが親身に心配してきた割にあっさり話を終えたり、別の方向に話題を変えていたのか。

俺が色々思い悩んでいるのをかっさらうようにアルマが本題に移った。


「知ってるか?なんでも村の北にある崖の底には、人ひとりがやっと通れる小さな穴があるんだと。その穴がと繋がってるらしいぜ。」


まるで子供が将来の夢を語る様にアルマは目を輝かせて話をしていた。

だが、俺は耳を疑った。そしてアルマの頭をも疑った。


「はぁ?何が壁の外だ。気でも触れたかクソゴリラ。村の掟は?!最長老の一族であるお前が一番良く知ってるだろ!?」


「あぁ、村の掟は5つ。1、道徳に反することをしてはならない。2、健康な者は日々の御役目を果たさねばならない。3、大きな決定事項は最長老と村長で議論の後に決定されなければならない。4、子供は一家族一人まででなければならない。そして5、コロニーの壁に近寄ってはならない。これは俺たちがハナタレの頃から耳タコで言われてきていることだ」


「だったら…」


俺が話し終わる前に遮るようにアルマは話しを続けた。


「んでな、壁の外からさらに進んだ所の距離に遺跡があるんだと。」


「話を聞けクソゴリラ!!なんで掟を破る前提の話をしてるんだよ!!」


「いいかラージャ。物事ってのは本質が大事なんだ」


アルマの言ってる本質が何だか俺にはわからなかった。

アルマは軽くため息をついた後、まるで小さな子供に説明するかのように筋道たてて話てくれた。

それがまた、腹立たしかった。


「村の掟ってのは俺たちが、同士討ちを防ぐため、犯罪を防ぐため、伝統が廃れるのを防ぐためだ。つまり俺たち村人を危険から遠ざけるためだろ?ここまではお前もわかっていると思う」


「だから何だよ」


「5つ目の掟の、コロニーの壁に近づいてはいけないというのは妙じゃないか?」


           ☺︎



読んでくださりありがとうございました。

いかがだったでしょうか?感想やコメントお待ちしてます!

また次回もお楽しみに!

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