轢いたかもしれん
とある朝 となりの部屋の 住人が 青ざめていふ 「なんかおった!」と
なんとも不思議な学生宿舎だと思いながら、これも外国情緒なんだろうと呑気に構えていたある朝、隣の部屋の住人が青ざめながら大慌てで私の部屋に駆け込んできた。
鍵をかけ忘れていたことに気が付いて、自分のうっかりにも驚いた。ちなみにこのお隣さん、身内である。
「出た! うちの部屋になんか出た!」
ベッドから追い出された私はわけも分からず、朝から疑問符を撒き散らしている間、駆け込んできた身内は私のベッドに潜り込んで頭から布団を被って籠城している。
「なんかって、何よ」
「分からん、分からんけど、なんかおったんやってば!」
虫かネズミか、どちらにしても衛生的にはよろしくない。
とりあえず話を聞くと、ベッドで寝ていると扉付近に置いてあったカセットテープケースを人為的にかちゃかちゃする音が聞こえてきて、不審者かと思い慌てて部屋を飛び出してきたという。
隣の部屋だ、間取りに大差ないと思うのだが……。
訝しみつつ、とりあえず自分の部屋を半ば追い出された私は隣の部屋を確認しにいく。不用心にも扉は内側に目一杯開いたままだ。
覗き込んで部屋の中を確認してみるが、特に変わった様子はない。ベッドも飛び出したまま掛け布団がひっくり返っているし、窓もちゃんと閉まっている。
扉付近に置いていたカセットテープをまとめてある入れ物は、確かにちょっと乱雑に触った形跡はあったが、それだけだ。虫やネズミの類も見られない。
「ふーん……」
ざっくりと部屋を内見して、それから一応ドアを閉めて自室に戻る。
「なんかおった? おった?」
私のベッドを占拠して恐る恐る顔だけを出して尋ねてくる身内に、私はノーの意味で首を左右に振った。
「なんもおらんかった。それより——」
間取り的に、ベッドから飛び起きて部屋を飛び出してきたのならば、カセットテープかちゃかちゃさん(仮)を蹴倒した挙句、内側に開く扉で
そのことを指摘すると、身内はサーッと青ざめて「ユーレー轢いたぁ——!」と、どこから出したのか分からない声を上げて、再び私の布団を引き被って閉じこもってしまった。
ユーレー轢いた……なかなか耳にすることのないパワーワードである。
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