素通りさん、先お越し

雨音に 隠れもせずに 付いてくる 道を譲れば 足音だけが



 梅雨もそろそろ終わるかという頃、結構な雨に降られながら長傘をさして帰路についていたある夕方、どんどん車間距離(比喩)を詰めてくる足音が近づいてくる。

 界隈で、児童や中高生をストーカーしていた不審者の情報提供を呼びかけていた管轄警察の広報を思い出し、思わずぞわりと背筋が凍る。


 雨足の強さに負けない足音。

 体感、数メートル圏内で真後ろを詰めてくる圧。


 二つ向こうの角を曲がれば我が家が見える距離感だが、その間も足音はどんどん詰めてくる。


 仕方ないので、一つ手前の筋を左に折れて数歩進んで振り返る。

 不審者だったら、そのまま長傘をぶん回して撃退してやろうと身構えた直後、譲った目の前の道を規則正しい足音だけが通り過ぎていった。


 ゴム底の量産靴ではなく、かかとに木を打ち滑り止めのなめし皮を貼っているであろう、デパートで聞くような落ち着いた感じの手の込んだ紳士靴の足音だ。


 唖然としている間に遠ざかる足音。

 そのまま元の道に出て足音の方向を見送っても姿形は何もない。なんなら、人はおろか車一台走っていない。


「あ。これもしかして、べとべとさん?」


 水木しげる氏の漫画に、確かそんな妖怪が登場していたはずだと頭上にピカンと閃いた。履き倒れの町を闊歩するべとべとさんは、きっと立派な革靴をお召しに違いない。

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