重めの愛でも支えられれば大丈夫
泰然
第1話 思い出の場所
24歳、
だが、最近自分のアパートに明らかに怪しい人物を目にする事が増えていった。まさか男である自分がストーカーされている訳が無いと、疑ってかかった。
偶々、帰り道が被って後ろをつけているだけ。 偶々、好きな喫茶店が同じであるだけ。偶々、買い物で同じスーパーで出くわし、同じ商品を買っていただけ……。いや無理あるだろう、流石に……。
「随分な溜息だな……。どうしたん?」
「いえ、何でもないですぅ……」
「悩み事なら相談に乗るけど?」
話しかけてきたのは会社で一つ先輩の『雅楽川
とても面倒見がよく、新入社員の時はお世話になった大変ありがたい存在。悩み事でも真摯に向き合ってくれる為、とても優しい。
最初の頃は見た目が派手だった事もあり敬遠していたが、それに反して寄り添ってくれるところに好感を抱きギャップにやられた。別に好きという感情は無いが、普通の男は彼女の優しさに触れれば惚れるだろう、美人だし……。
そんな事を会社で思い返しながら、事の顛末を話した。
「ストーカー?アンタが?マジで?」
「疑い過ぎじゃないですか……」
「いやだって顔、普通じゃん?」
確かに見た目は普通だが、ハッキリ言う必要は無いと思う。そんな心の声を叫びながら、どんな対処をしたらいいか考えた。先輩は腕を組みながら一緒に考え、唸っていた。
色々な質問攻めに実害はどうとか、警察に相談したかどうかの有無を尋ねられた。一か月前から続いているが、実害は出てはいないがこれから起こるかもしれないという懸念はある。警察に相談しても、証拠が無い為取り合ってくれない。
色々考えるが、良い打開策は浮かばないまま昼休憩になり社内食堂で一緒に食事をしながら模索した。
「う~ん……どうしたらいいんでしょうか?」
「やっぱ、付き合ってる振りするしかなくない?」
何故その考えに行く突くか理由を聞くと、単純に見せつければ諦めてくれるという短絡的思考に至った。
それに逆上して何をするか分からないと反論したが、その時は交番に駆け込むか、何かしら証拠を取ればいいと言われたので承諾した。
そして休日に決行となり、俺は都内の駅前で待ち合わせをしていた。季節は夏の為、グレーの薄いパーカーにジーパンという無難な格好をした。
オシャレはするものなのだが、如何せん買い物が下手な上に外に出るのが嫌なタイプで出歩く事をしない。15分くらいが経ち、待ち合わせの時間になった。
未だに見えない先輩を探し、キョロキョロ辺りを見渡したが姿が見えない。場所を間違えたかなと思い、電話を掛けようとした時先輩が小走りで近付いてきた。
服の名前は分からないが、上は白のサマーニットで腕捲りして下は体のラインが分かるようなジーパンで首にはネックレスをつけていた。
普段は会社のスーツで出社してくる為、今の服装が新鮮に見え客観的にギャルだなと思った。そして先輩は少し遅れた事に、即座に謝罪し頭を下げてきた。
「ごめーん、どの服にするか手間取ってたー。許して?」
「今来たので、全然問題ないですよ」
俺は別にそこまで待った訳じゃない為、怒っていない事を伝えた。先輩は時間前に来ていたのではと、再度聞いてきたが友人との待ち合わせは嫌いでは無い為、気にする事は無いと伝えた。
改めてデートをする振りをするのだが、何処に出掛けるのかは具体的に先輩が全て決めているらしい。
俺は基本的に気に入った場所にしか行かない為、他人と出掛けるのが新鮮で内心はワクワクしていた。斯く言う先輩も歩くであろうデートスポットの説明をしてくれている間、何処か嬉しそうで普段は見せない表情に可愛いなあと感じていた。
場所が決まるとピョンピョンしながら俺の腕に絡みついてきた。
「せ、先輩、別に腕は組まなくてもいいのでは?!」
「いいじゃん、この方が恋人っぽく見えるでしょ♪それと先輩呼び禁止、茅花って呼んで!」
「名前呼びはちょっと、恥ずかしいんですが―――」
「呼んでっ!」
気恥ずかしく呼ぶ事に抵抗感があった俺は渋っていると、もの凄い気迫で顔を近づけて来た為その迫力に押し負け、呼んでみた。
「つ、茅花……///」
「ッ……。か、可愛いねぇ、初心な感じで♪まぁ、普段通りの呼び方で構わないから」
「何の為に下の名前で呼ばせたんですか……」
先輩に弄ばれながら、最初の目的地に向かった。最初のデートは鉄板と言ってもいいショッピングセンターであった。様々な複合施設が並んでいる為、一日遊んで過ごせる。
先ずは何処から回るのか聞いてみると、洋服を買いたいのと自分の服を選んでくれるとの事。少なからず先輩は俺の服装に思う事があったのだろうと察し、店内へと入った。
店内は白い内装で、清潔感溢れる仕様で店員さんもオシャレで一刻も早く出たいと思った。早速先輩は自分に似合う服装と装飾品を探し、真剣に悩みながら選んでいた。
ちゃんと考えてくれている事に、凄く心が温かくなった。そして先輩はある程度の服を持って試着室に持っていき、早速着替えて見せて欲しいと言ってきた。
先輩が選んだ三着のコーデを試着室でマジマジと見ながら、本当に似合うのかと疑ったが真剣に考えてくれた人に失礼だと頭を振り、試着した。
一着目は、白のTシャツにブルー系のシャツを羽織り、下は黒のスラックス。着た姿を先輩に見せると素直に褒めてはくれたが、先輩の採点が入った。
「う~ん……明るめな服と暗めな服で合わせたんだけど、なんか違うなぁ……」
「この服、良いと思うんですけど?」
「次ッ!」
気に入らなかったのか次の服へと移行した。二着目は白Tシャツにブルーのアウターで、下はベージュのパンツ。
これは個人的に一番気に入っているのだが、カーテンを開け先輩に着た姿を見せてみた。
「ど、どうですか?」
「おぉ、似合ってる。カッコいいじゃん♪」
三着目はビッグTシャツの黒で、グレーのトランクパンツを着た。それなりに着やすく着心地もよく、動きやすいのが利点として高い。
個人的にも暗め服が好きな傾向がある為、内心気に入っている。カーテンを開け確かめてもらうと、先輩の顔がドンドン曇っていった。
「自分で選んどいて何だけど、ダサい……。暗めな服って何となくカッコよく映るから、着こなすのは簡単だけど黒とグレーの服装に逃げがちなんよねぇ……。春には似合わないね」
「えっ、結構いいと思ったんですけど……」
「春。もしかして暗めな服好きでしょ?絶対、春には似合わないからやめて」
「えぇ……」
個人的に好きだったのにここまで否定されると落ち込む。向き不向きがある為、そこは割り切ってこれからは明るめの服を選ぶようにしようと心の中で決めた。
歩きながら次の目的に向かう途中、心を読んでいたのか先輩が自分の今後の服装を決めるそうだ。今後のコーディネイトは先輩となり、俺の家には他人が選んだ服で溢れ返る。
そんな事を考えていると次の目的地は、フードコートへとやって来た。確かに小腹も空く時間帯で人がいっぱいになり始めていた。先輩が何を食べたいか聞いてきた為、取り敢えずハンバーガーが食べたいと申し出た。
先輩は何処でも食べれると笑いながら言い、その仕草がとても可愛らしく見えた。俺は本来の目的を忘れないように、これは偽装デートだと心に言い聞かせた。
早速二人で並び、先輩が再び腕を組み始め顔を俺の腕に埋め始めた。恥ずかしくなった俺は一応、先輩を注意した。
「あ、あの、先輩……。恥ずかしいですって……///」
「あぁ……いい匂い……♡」
「えっ、何か言いました?」
「いい匂いだなって♪」
確かに店内は美味しそうな匂いで溢れ返り、自然と涎が出てくる。そんな先輩もお腹が空いたのか、涎が出そうで口が半開きになっていた。
自分達の番となり二人分のハンバーガーセットを頼み、席を探そうとすると先程より人だかりが出来ている為座れるか不安だったが、二人分の席が空いているのを見付け席に着いた。
いただきますを済ませ、早速ハンバーガーを口に運んだ。いつもの味にいつものボリュームに顔を綻ばせ、至福の時間を堪能した。咀嚼しながら先輩の方を見ると、テーブルに肘をつけて嬉しそうな表情でこちらを見ていた。
まだ口にしていないハンバーガーを見た俺は、食べないのかと尋ねた。
「先輩食べないんですか?」
「春の美味しそうに食べる顔を眺めてるの」
「そんなこと言ってないで、食べて下さい」
「はーい」
俺からの注意を何とも思っていないように、何故か嬉しそうにハンバーガーを口に運んだ。頬張ると目を瞑りながら美味しさを表現し、足をバタバタさせていた。
そして指に付いたソースを舌で舐め取り、再びバーガーを口に運び同じように美味しそうに食べた。俺は口で舐め取る動作が妙にエロく感じ、自分でも何故こんな事を聞いたのか不思議に思うが先輩の『彼氏の有無』を聞いた。
今は居ないが、昔は結構モテたと言われ少し自分の心がモヤッとした。続けて先輩は話を始める。
「こんな風に食べたり遊んだり、色んな所に連れてってもらったな~」
「そうなんですね……」
「ん、どうしたん?随分不機嫌な顔してるけど」
「何でもないです……」
「ふふ……」
自分でも失敗したと思った。こんなあからさまに、顔に出してしまった事に後悔。先輩くらい美人であれば、放って置く訳が無いと感じ、先程の自分の行動に自己嫌悪しながら落ち込んでいると、先輩は慰めてくれた。
気を遣わせた事で更にネガティブ思考になり、ご飯を食べ終わった後は最後の目的地に向かう事となった。
ショッピングセンターから外れ、向かった先は俺も知っている場所で、お気に入りの『喫茶店』だった。先輩も気に入っている場所らしく、それとなく理由を聞いてみると雰囲気が好きでよく足を運ぶらしい。
確かに店の雰囲気は最高で、店長がレコードが好きで流している。築40年の為、革製のカウンター席は色が変わり剝がれている。テーブルも革製で所々剝れ、その当時の雰囲気に浸れる空間がとても癒しとなる。
テーブルに座り早速注文に入り、俺はいつもブレンドコーヒーを頼むと先輩も同じ物を頼み、一緒にパンケーキを頼んだ。
コーヒーを口にする前に、俺は先程の失礼な態度を取った事を謝罪した。先輩は俺を気遣って重く捉えないように軽く流し、逆に謝ってきた。
「全然大丈夫。寧ろごめんね、前彼の話なんかして。気分悪いよね……」
「いえ……。先輩美人だから分かってた筈なのに、あんな態度……」
「クヨクヨしない、そんな調子だとおもんないでしょ?ほら、コーヒー飲も♪」
その後は談笑しながら楽しく過ごし、数時間満喫した。お店を出る前にもう一杯だけコーヒーを飲もうと二杯目を頼んだ後、先輩から不思議な事を聞かれた。
「春。今この場所にアタシと一緒に居て、何か思い出さない?」
「え、先輩と二人で入るのは初めてだと思うんですけど……誰かと間違えてません?どうかしたんですか?」
「う、ううん。何でも、ない……」
どことなく元気のない先輩は俯きがちになり、最後のパンケーキの一切れを口に運んだ。俺も最後に注文したコーヒーを口に流し込み、この重い空気を抜け出したかった。
そして陽が傾き、町中はオレンジ色に彩られ通る人々は急いでいるように見えた。俺と先輩は少し離れながら駅へと向かい、家路を目指していた。
段々と陽が落ち、オレンジ色から景色は青へと移り変わっていった。何も喋らない無言の時間が過ぎ、俺達は駅前に辿り着いた。
俺は挨拶をしようと先輩に向き直り、別れを告げようとした時、先輩が抱き着いてきた。少し身長が小さい為、背伸びをしながら俺の肩に頭を乗せ切なげに言った。
「付き合って……」
突然の事に気が動転し、付き合ってと言う意味は勿論、男女の契りの事を指しているのだろうと頭を回転させた。
こういう場面に出くわした事が無い為、どうしたらいいのか分からず取り敢えず先輩の体を腕で抱き締め返した。それと同時に、彼女の口から艶のある声が漏れ出し、更にパニックになる俺はそこから固まってしまった。
吐息ばかり漏らす彼女は、抱き締め返された事が付き合ってもいいという了承の合図だと捉え、聞き返した。
「じゃあ……アタシの家に―――」
「ちょっと待ったー!!」
そのバカでかい声に驚き、さっきまでふわふわした頭がリセットされ我に返った。その声の主は……。
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