第17話

「なにこれ、数学8点だって!」



途端にサエとキミの笑い声が教室中に響き渡った。



「中学3年生で8点ってヤバくない?」



「これじゃ受験なんて絶対ムリじゃん!」



2人の大笑いを聞いた他のクラスメートたちも同じように笑い出す。



ユウナは地面に座り込んだままうつむいて下唇を噛み締めた。



小学校までは中の上くらいだった成績が、中学に入学してからどんどん悪くなりはじめた。



昔はそれほど勉強しなくても授業についていくことができていたのに、今ではついていくことすらできていない。



でも、どうすればいいかわからないのだ。



勉強はどんどん難しくなっていく。



みんなはそれについていくのに、自分はついていくことができない。



数学で8点なんて取ったのは今回が初めてだった。



今までで一番悪い成績をバラされてしまうなんて……。



「ちなみに私は85点だったよ!」



サエがこれみよがしに自分の答案用紙を見せびらかしてくる。



ユウナはすぐに顔をそむけた。



そんな点数知りたくもない。



「返してよ!」



ユウナはサエから自分の答案用紙をひったくるようにして取り返すと、大股で教室を出たのだった。


☆☆☆


サエとキミの2人とは中学に入学してから仲良くなった。



そう、最初は仲がいい3人組のはずだった。



それがサエは勉強ができてキミはサッカーができて、ユウナだけなにも得意なものがないと気がついたのだ。



そうすると2人の態度は急変した。



最初はユウナがいないところでこそこそと陰口を叩く程度だった。



それがユウナが話しかけても無視するようになり、3年生に上がってからはあからさまなイジメへと発展していった。



ユウナはたしかに勉強もスポーツも不得意だけれど、だからって2人に迷惑をかけたことはないつもりだった。



テストでカンニングするわけでもないし、体育の授業では苦手なもの同士でくっついて練習して足を引っ張らないようにしている。



それなのになぜか2人はユウナに目をつけて必要にイジメるようになった。



ユウナはトイレで数学の答案用紙をビリビリに引き裂いて、ゴミ箱に捨てた。



こんな点数の答案用紙持って帰ることなんてできないし。



しばらくそのまま時間を潰してからB組の組の教室へと戻った。



教室に入った瞬間クラスメートたちからの視線が突き刺さる。



中にはあからさまに「バカ」とか「アホ」という声が聞こえてきた。



それらを無視して自分の机に向かうと、机の横にかけてあったはずのカバンが机の上に置かれていた。



嫌な予感がしてカバンを確認してみると、それには踏み潰された靴跡がクッキリと残っていた。



ユウナは自分の胸の中に黒い感情が湧き上がってくるのを感じながら、ハンカチでその靴跡をふいたのだった。


☆☆☆


その後、クラスメートたちとは必要最低限の会話しかせずに、放課後が来ていた。



放課後のチャイムがなり始めるといつもホッと胸をなでおろすのが日課だった。



サエは塾、キミはサッカーの練習があるから放課後は開放されるのだ。



ユウナは踏まれて少し形が変わってしまったカバンを手に教室を出た。



今日は帰ったらなにをしようかな。



読みかけのマンガを読もうか、それとも新しく買ったゲームをしようか。



ウキウキした気分で家に戻ると、すぐに母親がリビングから出てきた。



「ユウナ、今日数学のテストが帰ってきたんじゃないの?」



そう聞かれて一気に気分が沈んでいく。



「あれまだだったの。また今度じゃないかな?」



ぎこちない嘘をついてそのまま2階の自室へ向かおうとするが、腕を掴まれて階段の途中で立ち止まった。



「嘘はダメよ。よっちゃんの家のお母さんからも聞いているんだからね」



よっちゃんとは近所の幼馴染だ。



ユウナと同い年なのでどんな情報でも共有している。



「よっちゃんとはクラスが違うからだよ」



「それからカバンを見せてみなさい」



そう言われてユウナは渋々リビングへ向かい、カバンの中を見せた。



数学の答案用紙は捨ててしまって出てこないけれど、代わりに「どうしてカバンがこんなに汚れているの?」と、注意されてしまった。



一瞬本当のことを言ってみようかと考えがよぎったけれど、すぐに打ち消した。



中学生になってまでイジメられているなんてバレたら恥ずかしい。



こんな相談誰にもできない。



「もう良いでしょう? 勉強しないといけないから上がるよ」



ユウナはそう良い、カバンを掴んでリビングから出たのだった。



本当は勉強する気なんてなかったけれど、母親にそう言ってしまった手前少しでもしておかないと怪しまれる。



ユウナはため息をつきつつ、数学の教科書を取り出した。



今日戻ってきたテスト問題をもう1度勉強してみようと思ったけれど、やっぱり何度教科書を読んでみても理解できない。



「こんな問題、みんなどうやって解いているんだろう」



10分ほど教科書と向き合っていたけれど、もう限界だった。



わけのわからない数式は見ているだけで頭が痛くなってしまう。



ユウナは大きなあくびを一つして、本棚からマンガ本を取り出すとベッドにゴロンと横になった。



わからないものをわからないまま考えるからダメなんだ。



それなら明日学校へ行ったときに先生に質問すればいい。



そう考えてマンガを読み始めて5分くらい経過した時、ノックもなしにドアが開いて母親が顔をのぞかせていた。



「ちょっと、勉強してたんじゃないの!?」



ベッドに寝転んでマンガを読んでいたユウナは驚いて飛び起きた。



「してたよ。でもちょっと行き詰まっちゃって、気分転換してたの」



「なにが気分転換よ。勉強始めてまた20分もたってないでしょう!?」



母親の顔は真っ赤に染まり、明らかに怒っている。



「わかったよ、もう少し頑張る」



ユウナは渋々ベッドから起き上がって、机に向かったのだった。



それでも集中力は全然続かなかった。



試しに好きな国語の教科書を開いてみたけれど、やっぱりすぐに眠くなってきてしまう。



もう今日はやめよう。



その分明日頑張ればいいんだから。



ユウナはそう思ってベッドに潜り込んだのだった。

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