異世界人は田舎で暮らしたい.

トリニク

第1話 山上町の葉島商店

─山上町


人口600人にも満たない土地だけはある田舎.


目立った産業も,観光名所もないのんびりとした場所である.


そんな場所で唯一,毎日賑やかな場所がある.それがここ,葉島商店だ.


「富山さーん,ちょっと来てくれんかぁー.」


「はーい.」


私の名前は富山巴瑞季(とみやま はずき).年齢は24歳.この葉島商店の店員だ.まぁ店員と言っても,店長を除いて私一人しかいないのだが.

そして,今衣料品コーナーの前でわたしを呼んだのは清水さん.御年80歳でこの店の常連客の一人である.


私は清水さんの呼びかけに応じ,野菜の種とカップ麺のコーナーを抜け,衣料品コーナーへとたどり着く.

この店は,食料品から文房具,衣服から野菜の種まで,この町で生活するのに必要な物は何でもそろっているお店なのだ.


「この服取ってほしいんじゃけど,引っかかってよぉとれんのじゃ」


「わかりました.おいしょっと・・・.はい,どうぞ.」


わたしは若干手こずりながらも,ハンガーラックから灰色のプルオーバーを取り出し,ハンガーごと清水さんに手渡す.


「おおー,ありがとうね.」


おばあさんの可愛らしい笑顔に,思わずわたしも笑顔になる.


「さっすが若いもんはたよりになるねぇー.」


そのとき,これまた常連客の一人,寺島さんがレジの長椅子から声をあげた.


この店には,レジが入口付近に設置されており,レジの前に長椅子,その向かい側にも長椅子と計二つの長椅子がある.また,向かい側の長椅子の横には木でできた四角い椅子が一つ設置されていて,座りやすいようにそれぞれに椅子用絨毯が敷かれている.もう少し奥には,丸机と,二人が向かい合って座るようにこれまた木製の丸椅子が二つ設置されている.


毎日3~5人,多いときは10人前後の人々が集まって談笑するこの町で最も賑やかな憩いの場だ.


そんな場所で,今日も野良着姿の三人のおばあさん(寺島さん,村井さん,井上さん)が椅子に座り,店長と共に談笑している.


「そうでしょそうでしょ.ほんま助かったわ.うち来てくれて.」


そして,今寺島さんに相槌を打ったのが,この店の店長で4代目女将の葉島さんである.いつもこうやって,レジに手をつけてお客さんと談笑している.50歳だが,現役バリバリの笑顔が似合うおばさんだ.



さて,ここまで聞いて皆さんの中には疑問に思った方もいるかもしれない.

なんで,こんなお年寄りばっかの場所にあんたみたいなピチピチの24歳がいるの?と,


これには深ーい訳がある.せっかくだからお話ししよう.


私はつい一年前までは都会の会社で働く,しがない営業マンであった.


私が高卒で入社したその会社は,新人教育はしっかりしている会社で,一年間みっちりと研修で営業知識を叩きこまれた.

定期的にミーティングを開いてくれて,情報共有もしっかりしてくれるし,先輩も優しくて,初めて契約が取れた時は一緒にお祝いしてくれた.契約を取るのは一苦労だが,その分やりがいのある仕事で最初の二年間はある程度楽しんで仕事ができていたように思う.

地獄は三年目からだった.

三年目から一気にノルマが厳しくなった.

ノルマ,ノルマ,ノルマ,ノルマ

毎日ノルマに負われる生活.

やっとこさ契約をつかみ取って,ノルマを達成しても,次の月にはまた新たなノルマが立ちはだかる.

ノルマ達成への焦り,不安.終わらない苦しみ.

誰かに相談したくても,心配を掛けたくなくて話題にすることすらできない.

私の心は毎日のしかかってくるプレッシャーに,仲間からの無言の圧力に,親からの期待に,いつも私より先にノルマを達成していく同期たちの姿に徐々にむしばまれていってしまった.

そうして耐え切れなくなった私は,ちょうど今から一年前,お正月に実家に帰ったっきり,子ども部屋から出られなくなってしまったのだ.いわゆる引きこもりである.

それからはネットサーフィンの毎日.ゲームをやったり,アニメを見たり,映画を見たり,記事を読んだり・・・.

快楽はあるが,やりがいはない.何の面白みもない日々が続いた.

そんな中,いつものようにネットサーフィンをしていて偶然見つけたのが,掲示板に掲載された跡継ぎ募集のスレだった.

山上町の葉島商店.その店の五代目女将を募集中とのことだった.

山上町は過疎化が進む町で,葉島商店は町唯一のコンビニ.つぶすわけにはいかないのだという.

私はその記事を読んで,ビビッと来た.

これしかないと思った.

わたしは早く現状から抜け出したかった.これ以上両親に迷惑を掛けたくなかった.

だが,私の知っている人の目に触れるのがいやで,行動に移せなかった.

田舎なら,私のことを知っている人はいないはず.ノルマみたいに責任に負われることもないはず,笑いながら,まったりと,誰にも迷惑を掛けることなく,一人の大人として生きられるはず.

そんな思いから,わたしはすぐさま掲示板に載ってあった電話番号に電話し,ちょうど一週間前にこのお店で働くことになったのだ.



これがわたしのこれまでのいきさつである.


・・・うん.こう思い返すと,つくづくわたし,弱い人間だなぁ・・・.


そんなわたしを受け入れてくれるこの町の人達には感謝だわ.



「いやーでも,ほんと若い人がおるとええなぁ.見とるだけで元気になるわ.」


と,寺島さん.


「そうやなぁ,若いもんはみんな,町から出てくからなぁ.ほんまうれしなるわ.」


「ああー,富岡さん見とると孫に会いたなってきた.」


「ほんまやな.アハハハハハハハッ」


プルルルルルルルルルルルルル・・・


そのとき,店内に黒電話の着信ベルが鳴り響いた.

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