ジェノサイド上級国民

ちびまるフォイ

一般国民の怒り

「さあ、支度はできた?」


「ねえ本当に引っ越ししなくちゃいけないの?」


「そうよ。私達は上級国民になったんだもの。

 一般国民の国にいたら何をされるかわからないわ」


「でも、学校の友だちはみんな普通だよ?」


「今は、ね。ニュースでもやってるでしょう。

 一般国民が上級国民を妬んで事件を起こしてるじゃない。

 はやく上級国民の国へいかなくちゃ」


「……最後にお別れだけ言ってくる!」


「あちょっと! もうプライベートバスが出るのよ!?」


両親をふりきりやってきたのは友達の家。

インターホンを鳴らすと、運良く友達が出てきた。


「実は……引っ越ししなくちゃいけなくなって」


「えっ……。もう遊べないの?」


「たぶん……」


「……もしかして、上級国民の国へいくの?」


「そうみたい。僕の両親が上級国民として認定されたから」


「そう……」


「でも僕は上級国民とかどうでもいいんだ!」


シャツにつけられていたバッジをちぎって友達に渡した。


「これ……上級国民の認定バッジ。外しちゃダメだよ」


「いいんだ。僕は上級か一般かなんてどうでもいい。

 その証拠としてこのバッジは預かって」


「うん……」

「ずっと友達だから」


別れの指切りをしてバスに乗り込んだ。


「あら? 上級国民バッジは?」


「なくした」


「もう……。再発行しなくちゃいけないじゃない。

 いくら100万円ぽっちだとしても、手間がかかるんだからね」


バスは高い壁に囲まれた上級国民の国へと向かった。


かつて、一般国民が上級国民を襲った事件をうけて

お金のある上級国民が自分たちの安全な国を作り上げた。


「上級国民の国に入ったわ。これでもう安心よ」


「別に……前の国でも大丈夫だったよ」


「いいえ。ここは心が優しくて、頭がいい上級国民の国。

 だからセキュリティも万全。安心して暮らせるわ」


「武器なんか用意するからかえって不安になるんじゃない?」


「そんなことないわ。一般の人は感情で動くからなにしでかすかわからないもの」


「……」


その言葉には別れた友達をも馬鹿にしているようで納得できなかった。


上級国民の国はお金がある。

最新のセキュリティや二足歩行ロボットが警備をしている。


アミューズメント施設や観光名所も充実していて、

セレブたちがこぞって訪れる国だった。


それでもいつも監視されているようで息が詰まった。



ある朝のこと。


「……うるさいなぁ」


外の騒音で目が覚め、カーテンを開ける。

高階層のマンションから見下ろすと、上級国民の国の向こうに人が集まっている。


「あれは……?」


「一般国民がデモを起こしてるのよ。

 利益の再分配をしろってね」


「デモ?」


「もっと金をよこせって騒いでるのよ。浅ましい。

 なんの能力もないし、まして努力もしてないくせに

 ああやって人の成功を妬んで文句をいてるのよ」


「そう……」


デモは何日も続いた。

落ち着くどころか日増しに人数が増えていく。


いくらセキュリティが万全だとしても、

上級国民の国境沿いに毎日さわがれれば音は防げない。


そして、ある日の朝。

ついに二足歩行警備ロボットがデモを踏み潰したことで悪化した。


ひっきりなしに続く銃声に飛び起きた。


「お母さん!? 何が起きてるの!?」


「早く支度して! じきにここにも一般国民が来るわ!」


「でもここは安全じゃ……」


「一般国民は上級国民よりずっと数が多いのよ。

 いくら死んでも数で押し切られるの!」


専用の防弾加工がされた車が停まる。

運転手は窓を開けるなり声をあらげた。


「お二人とも、早く乗ってください!」


すぐに後部座席へ乗り込んだが、母親はその場を動かなかった。


「私はここへ残る。あなたは一般国民として自分を偽って生きなさい」


「なんで……!?」


「私が一般国民に成り下がったら、これまでの努力や経験。

 それをすべて否定することになるもの。

 たとえどうなっても自分の誇りだけは捨てたくない」


「もう待てませんから発車しますよ!」


車は母を置いて発信した。

上級国民の避難ルートを使って、一般国民の国へと戻っていった。


「いいですか、ぼっちゃん。

 ここからは一般国民として暮らすんです。

 足元に一般国民用の服に着替えてください」


「これか……」


「これからは華美な服装は避けてください。

 見下すような言動も危険です。

 上級国民としての自分を常に殺してくださいね」


「でも僕は僕だよ」


「それを受け止められない人もいるんです」


車は一般国民の国にある、一般的な家についた。

これからこの場所で一人暮らしが始まる。


「ぼっちゃん、どうかお元気で」


運転手は車を走らせて去っていった。


数日後、上級国民の国は一般国民により陥落させられた。

そこに住んでいた人たちは虐殺されたらしい。


高い建物や様々な観光名所は燃やされたり壊されたりで、

今の上級国民の国はもはやガレキの山となっていた。


『我々はおごり高ぶった害虫どもをやっつけた!

 正義の戦争に勝利した!!』


テレビでは勝利の宣言とともに、

上級国民の人の首をかかげる映像が流れ続けた。


きっともう母も生きてはいないだろう。


「僕も上級国民とバレたらどうなるか……」


改めて自分が危険な場所にいると自覚した。


当たり前に身に着けていたものの値段を調べて、

ぞくに「高価」と言われる価格帯であれば外した。


立ち振る舞いも自分のスタイルではなく、

周りの人達に合わせるようにし、溶け込むことを第一とした。


やがてそんな生活に慣れ始めたころ。

一般国民向けの緊急放送がはじまった。


『みなさん、かなしいお知らせがあります。

 先日、我々は上級害虫どもを駆除したと思っておりました』


カメラの前ではトップの人がうつむきがちに話す。


『しかし、全部ではなかった。

 遺体の数と入居者の数が一致しなかったのです。

 この意味はわかりますか?』


自分は家電量販店のテレビコーナーでニュースを見ていた。

同じく見ていた他の人はなにか感じ取ったのか顔をひきつらせている。



『我々の中に、擬態した上級害虫どもが紛れ込んでいる、ということです』


報道が終わると誰もが周りをキョロキョロと見始めた。

きっと「こいつは上級国民か?」を品定めしているのだろう。


居ても立っても居られなくなり、足早にその場を去ろうとした。


それが悪かった。


「おい逃げたぞ! あいつ上級国民なんじゃないか!?」


その一言で客はみんな半狂乱になった。

その場にいた誰もが目の色を変え追いかけてくる。


「上級国民がいたぞ!! 捕まえろーー!」


「うあああ!」


必死に逃げたがとても逃げ切れず、床に押さえつけられる。


「お前、上級国民だな! 殺してやる!」


「ちょっと待ってください! 僕が何をしたっていうんですか!」


「お前らのせいで俺らは常に搾取されてるんだ!

 上級国民さえいなければもっと生活は楽になんだ!」


床に抑えられたまま首に手をかけられる。

息がつまり意識が遠のいたとき。


「その人を離してください!

 上級国民じゃありません!」


懐かしい声が聞こえた。

首にかけられていた両手がゆるむ。


ぼやけた視界の先には、かつて別れた友達が立っていた。


「その人は友達です。同じ学校でした!」


「同じ学校……ってことは、同じ一般国民ってことか?」


「そうです。早く解放してください!」


かつての友達との再会に目がうるんだ。

それでも周りの人はまだ不信感をぬぐえていなかった。


「待てよ。お前ももしかして上級国民なんじゃないか?

 そうやって仲間をかばうのが上級国民の特徴なんだ」


「ちがいます! 友達を助けたいだけです!」


「だったら証拠を見せろ!!」


自分の周りを囲んでいた人たちの矛先は友達へと向かった。

とっくみあいになると、友達のポケットから何かが落ちた。


床に落ちたそれは高い音を立てて転がる。


「あっ……」


見覚えがある。


床に落ちたのはかつて自分が送った上級国民のバッジだった。

あれから時間が経っているのに汚れや傷ひとつない。


大事に、そしてずっと持っていてくれていたんだ。


その友達は今、目の前で大人たちに囲まれて締め上げられている。


「バッジだ!! やっぱり上級国民だったんだ!! 殺せーー!!」



そして僕は最後の友人を失った。

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