第30話真っ赤な尻は死の報せ

「ひゃぁあはははっ!!異世界ばんざぁあぁいぃっ!!皆さん、さようならぁぁあぁぁあっっ!!!」


ミチェリでも老人でもなく、私は自分に向かって勢いよくナイフを振り下ろしていた。


そして次の瞬間、おお、私は見た。

空気を切り裂くようにして現れた巨大な赤い影を。


それは一瞬にして距離を詰めると、私の右手を目にも止まらぬ速さで掴み取り、 そのまま氷のナイフを粉々に握り潰す。

そのあまりの衝撃に、掴まれた手を支点に私の体は半回転してしまい、地面に叩きつけられてしまった。


「ぐへ!!」


「まったく……目を離したらこれか……」


聞き覚えのある凛とした声が耳に届き、そして死を感じさせる血の匂いを嗅ぎ取った私は、恐る恐る顔を上げる。

そこには、やはりというべきか、赤髪の剣士、カリエンテ・ゼフィランサスが立っていた。


「……本当に困った爺さんだ」

「……」


トウメインの効果で透明だったはずの彼女の体は、魔物の返り血を浴びたのか真っ赤に染まり、その豊満なボディラインが露わになっている。


「(け、けつだ。けつが見える)」


血だ。けつではない。目の間に血がべっとりついた真っ赤な尻があるのだ。まるでダチョウの卵のように巨大でつややかな丸くて大きなけつが私を見下している。

ああ、なんてデカいけつなんだ。素晴らしい、これで解決だ。


……いや、これで解決か?これで解決していいのか?


「大丈夫か?爺さん、アズマーキラ」

「……え、ええ、なんとか……」


「そうか」


彼女は私に手を差し伸べると、優しく引き起こしてくれた。


「気持ち悪いわね……何?あなた」


私たちのやり取りを見たミチェリは表情を歪め、憎々しい声で呟く。

カリエンテはその問いに答える代わり、ラ・フエンテ・デ・サングレを構えると気合いと共に横薙ぎに振り抜いた。

すると、空気を切り裂くような音と共に刀身から放たれた血の刃の奔流が地面を這い、ミチェリに襲い掛かる。


「気持ち悪」


彼女は眉根を寄せ、ため息をつくとその場から一歩も動くことなく氷の杖を軽く振ってみせた。その途端に、彼女の体を中心に波紋のようなものが広がり、押し寄せる血の波をことごとく凍結させ、粉々に打ち砕いた。


「……」


風に流された赤い氷の破片が、陽光を浴び、きらきらと輝きながら宙を舞う。

美しくもあり、どこか恐ろしくもあるその光景の中でカリエンテは一歩踏み出し、ミチェリに向かって剣先を突き付けた。


「カリエンテ・ゼフィランサス」


「何それ?」

「私の名前だ」


「そう、じゃあさよならカリエンテさん」

「……」


カリエンテは無言のまま、赤い蒸気を噴き上げる刀身を真横に走らせる。

同時に、ミチェリも白く光る霧をまとい、滑るように動き出す。両者の距離は瞬く間に縮まり、交差し、恐ろしい速度での攻防が繰り出される。

目の悪い私には、赤と白の光が瞬いているようにしか見えなかった。


「おぉおっ!」

「あはっ」


カリエンテが渾身の力を込めて突き出した切っ先は、ミチェリの細く小さな氷の杖でいなされ、弾き返される。


「あははっ」


…──魔法。


天才科学者である私にも未だ全容を把握できない奇妙な力。


ミチェリは体格差、リーチの差、そして力の差を物ともせず、氷の杖で応戦する。魔剣ラ・フエンテ・デ・サングレの凶暴な一撃を反らし、躱し、そして弾き返す。


霧に包まれ、幻のようにかき消えたかと思うと、轟音と爆風と共に無数の氷柱を吹き出し、氷の礫を飛ばす。


対するカリエンテは、その全てをかわし、打ち落としながら前進を続ける。地面が凍結すれば踏みつけて粉砕し、氷柱に行く手を阻まれれば蹴りと拳でへし折っていく。


「なんだ……あれは……あれが、人間なのか……」


隣でうずくまっていた老人が痛みに耐えながら苦しげに呟く。

老人の言葉通り、ミチェリとカリエンテの戦いぶりは人間離れしており、まさに鬼神と呼ぶに相応しいものだった。


しかし、私は彼女たちをまともに見ていられなかった。


……あの子が、ミチェリが戦う姿を見たくはなかった。

耐えられなかったのだ。


たとえ、カリエンテがおっぱいをぶるんぶるんと揺らしながら戦っているとしてもだ。このままではあの子が殺されてしまう、そう思うと涙が溢れて止まらなかった。

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