第25話トウメインは魔法の薬
「なんで……なんで、私から隠れてお薬を飲もうとしているの?」
「そ、それはですね、あの……えっと……は、ははは……あはは、なんと申しましょうか……」
……だめだ。やはり何も言えない。
「ねえ、アキラおじいちゃま。嘘はやめて。正直に言ってくれたら、あなたに迷惑をかけないようにする。ここを出て、どこか遠くへ行く」
「……」
「でもね、私のお父さんやお母さんみたいに嘘をついて私を置きざりにするなら……私は絶対に許さない。あなたのこと嫌いになる」
「…………」
ミチェリの表情は怒りと悲しみ、そして諦めが混じり合ったような、不思議なものだった。
私は握っていた手を開くと、手汗と冷や汗でうっすらと濡れたトウメインを見つめる。
……なんと汚らしいのだろう。
自分の体ながら嫌悪感で一杯になる。
触れるものすべてを汚し、腐敗させてしまう、醜く哀れな存在。
それでもこの子は私を信じていてくれたというのに、私は……。
「……ミチェリお嬢様、この薬はですね……」
私は意を決して彼女にトウメインを見せる。
ミチェリはじっとこちらを見つめている。
「これは……トウメインと言いまして……一粒飲めば、たちまち体が透明になる魔法のお薬なんです……」
「……それで?」
「つまりその、これを飲めば、私の姿は見えなくなるんです。ええ……こんな汚ならしい爺も一瞬で消え去ってしまうんです。どうですか、すごくありませんか?」
私は必死に説明し、なんとか彼女を説得する。
だが彼女は何も言わず、憐れむような視線を向けるだけだった。
「ええ!そうなんです!この醜い老体がこれ以上、あなたの視界を汚すことは無くなるんです!素晴らしいことで、しょ……う?」
ミチェリが肩を震わせると同時にその瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、私は絶句する。
「……アキラおじいちゃま、ごめんね」
「……へ、え?」
「ごめんね、アキラおじいちゃま……。私のせいで辛い思いさせちゃってごめんね」
「ミチェリお嬢様……?」
「私が汚いって言ったこと気にしてるんでしょ?だから消えようと思ったんでしょ?でもダメだよ。だって、私、そんなこと全然思ってないもん。もし本当におじいちゃまがいなくなったら私、きっとすごく怒っちゃうよ……」
「ミチェリお嬢様……え、あの……いや、そんな……」
ミチェリは感極まったのか膝に置いていたスマホを落とすと、そのまま顔を押さえて嗚咽を漏らし始めた。
私は慌ててスマホを拾い上げる。幸いにも画面が割れたりなどはしていないようだ。まあ、舗装されてない柔らかい土の上だし当然か。
「私ね、すごく嬉しかったの……。私がこんな風だから、みんな怖がってすぐに離れて行っちゃうの……。アキラおじいちゃまもみんなと同じで私から逃げようとしてるんだと思っていた。でも、おじいちゃまって私がどれだけ意地悪しても、我慢して私のことを楽しませようとずっと側にいてくれたよね。だから、その……本当はすごく嬉しかったの」
「……い……いえ……」
なぜ、彼女が泣いているのかも謝っているのか私には理解できなかった。私はただトウメインを使って逃げ出そうとしていただけなのに。
「ミチェリお嬢様……アイドルには笑顔が一番ですよ、どうか泣き止んでいただいて、笑ってください!ほら、ほら!」
私はたるんだ腹を珍妙に震わせて、彼女の顔を覗き込む。
そんなことをするのが精一杯だった。
ミチェリはしばらく黙っていたが、やがて口元を緩ませると私に向かって微笑みかけてくれた。
「ありがとう、アキラおじいちゃま。おじいちゃまのこと、大好き。だから、一緒にいて」
「え……私は薄汚い老人ですから……若いあなたのような方と一緒にいるのは気が引けるといいますか……その……ええと……」
「私は気にしない。おじいちゃまが側にいて応援してくれたら、私は絶対にアイドルになれるから。だから……」
そう言われても、どうすればいいのだろう?
私は困惑していた。
正直、彼女をカリエンテに会わせる勇気はないし、カリエンテから逃げてミチェリについていく度胸もなかった。
しかし、彼女を傷つけたくはない。
だが、私は考える前に口を開き、意味不明なことを述べていた。
「分かりました。では、こうしましょう。私はこの薬を飲んで透明になります。そして声だけの状態であなたにお供します。これでどうでしょうか?」
ミチェリは私の言葉を聞くと、少しの間考え込んだ後、静かに首を横に振った。
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