第5章 動き出すそれぞれの思い

目の前に広がる光景は圧巻のひと言に尽きた

「小鳥は本当にハンバーガーが好きよね・・・」

青葉は反対側に座っている小鳥と積み上げられたハンバーガーの塔を交互に見てため息をついた。

彼女とハンバーガーショップへ行くたびに目にする光景なのだが、何度見ても驚きを禁じ得なかった。

「ほえ、どうしたの青葉ちゃん?ハンバーガーが欲しいんだったら分けてあげる」

小鳥は首をかしげたあと、ハンバーガーの塔の頂上部分を取って青葉に差し出した。

「ううん、別にハンバーガーが欲しいわけじゃないの。ただいつ見てもすごいなって感心していただけよ」

青葉はやんわりと手を左右に振った。

「そうかなあ。小鳥はこれが普通だと思うんだけどなあ」

小鳥が不思議そうな顔をして食べる手を止める。

青葉は紅茶を一口飲んでまたため息をついた。

「そう思っているのはきっと小鳥だけだと思うよ」

テーブルのそばを通りがかった店員の表情が彼女の言葉を裏付けていた。

「あ、でもこのまえ青葉ちゃんがあんまり食べると太るよって言うから、いつもより量は減らしているよ」

小鳥が付け加えるように言う。

「え、そうなの?」

青葉は彼女の言葉に再度ハンバーガーの山に目をやった。

本人は食べる量を減らしたと言っているが、どこをどう見てもそんなふうには映らなかった。きっと今までの量が凄すぎたため、減らしても目に見える変化にならなかったのだろう。

───小鳥の胃袋ってどうなっているのかしら?

今まで何度も抱いた疑問がまた湧き上がる。

女の子同士の会話でよく「甘いものは別腹」と言う言葉を耳にするが、小鳥の場合は甘いものがハンバーガーになって、旺盛な食欲につながっているのかもしれないと少し本気で思った。

「小鳥、口のまわりにケチャップがついているわよ」

青葉は制服の上衣のポケットからハンカチを取り出すと、身を前に乗り出し小鳥の口を拭いた。

「これでよしっと」

「エヘヘ、ありがと、青葉ちゃん」

小鳥は嬉しさと恥ずかしさが入り混じった笑みを返した。

青葉はこの小鳥の無邪気さが好きだった。

その性格が仇となって、一部の同性からは疎まれているのも事実であったが、少なくとも青葉はそう思わなかった。彼女の持つ幼子のような純粋さの中に大きな思いやりが秘められていることを知っていたからである。

ところが、残念ながら彼女のよさを理解してくれる人物は少なかった。大半の人間が小鳥の無邪気さを「無神経」とか「馴れ馴れしい」というふうに履き違えているからである。だからこそ、せめて自分だけは彼女の一番の味方になろうと決めていた。

「ねえ、青葉ちゃん。あのね、青葉ちゃんにお願いがあるんだけど、いい?」

「なあに、お願いって」

「実はね、今度総次先輩に本気でアタックしようと思ってるの。それでね、青葉ちゃんに応援してもらいたいの」

次の瞬間、何のまえぶれもなく青葉の胸がざわめきだした。

「分かったわ。私に出来ることだったら、喜んで力になるわ」

「わあ、ありがとう、青葉ちゃん!」

小鳥は飛び跳ねんばかりに喜びながら両手で青葉の手を握った。

「青葉ちゃんは優しいから大好き!青葉ちゃんが小鳥の親友でいてくれてすごく嬉しいな」

弾けるような笑みを浮かべる。

その笑顔と言葉が青葉の心のざわめきを激しくさせた。

───私、どうしてこんな気持ちになっているの?

自分自身の心境に戸惑う。これは今まで感じたことのない心の乱れだった。

小鳥の恋については親友として何を差し置いても応援したいと思っている。

ところが、その気持ちが強くなればなるほど霧に包まれた不安に襲われ、青葉の心に影を落とした。

「どうしたの、青葉ちゃん?もしかして、具合が悪いの?」

気が付けば、小鳥が表情を一変させて、心配そうに青葉の顔をのぞき込むように見ていた。

「あ、ううん、何でもないわ。ちょっと考え事をしていただけよ」

青葉は迫る不安を打ち消すように、小さくかぶりを振った。

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