第2章 secret elegy

3時限目の授業が終わってすぐ、総次のもとに倭がやって来た。

「おい、総次。天才剣士がおまえに用があるって来てるぞ」

倭の言葉に総次は目を白黒させた。

「なんだ、その天才剣士ってのは?」

「ん、おまえ、神垣光騎を知らないのか?剣道の天才で、小学生のころから、ずっと全国大会で優勝している1年生さ。いったい、おまえとどんな関わりがあるんだ?」

「転校したばかりの俺が知るわけないだろ。ひと違いじゃないのか?」

「いや、確かに『伊倉先輩をお願いします』って言ったぞ」

「ほんとかよ。まあ、会えばはっきりするか」

総次は席を離れて、廊下に出た。

入口に立って待っていた下級生は、同性の自分でも、思わず格好いいと思ってしまうほどの顔立ちをしていた。

その整った顔立ちは「クールな2枚目」ではなく、「温厚そうな優男」という雰囲気があった。

下級生は総次に対して、深々と頭を下げた。

「はじめまして、私は神垣光騎と申します。突然、呼び出してすみません。実は伊倉先輩にお話したいことがありまして、やって来ました」

「俺にか?で、どんな話なんだ?」

「あの、ここではちょっと言いにくいので、屋上までご足労を願いたいのですが・・・」

「そうか、分かった」

どんな話か興味があったので、総次は光騎と名乗る下級生と一緒に屋上へ向かった。

「さて、話を聞かせてもらおうか」

「単刀直入にお尋ねします。伊倉先輩は、水無月さんのことをどう思っていますか?」

「な、なんだよ、急に!?」

まったくの予想外の発言に、総次は思わず動揺してしまった。

「ど、どうっていわれてもなあ・・・俺と青葉ちゃんはただの同居人というだけだし・・・まあ、確かにすごく可愛いとは思うけど・・・」

すっかり自分で何を言っているのか分からなくなっていた。

「私は水無月さんのことが好きです」

「へ?」

「今日はそのことをお伝えするためだけに参りました。それでは、失礼します」

光騎は一方的に話し終えると、一礼をしてそのまま歩き出した。

「お、おい、ちょっと・・・」

取り残されるような感じになった総次は、あっけに取られてしまった。

「いったい、なんなんだ、あれは」

状況からして“恋のライバル宣言”といったところだろう。

しかし、それはどう考えても、宣言する相手を間違っている気がしてならない。

今のところ、自分が青葉に対して恋心を抱いていないからだ。

もっとも、まったく気にならないといえば、嘘になってしまうのだが・・・

「ふう、とりあえず教室に戻るか」

総次はため息をついて、屋上のドアから出て行った。

ちょうど階段を降りきったところで、総次は光騎と青葉を発見した。

「み、み、水無月さん、こ、こ、こんにちは。きょ、今日はいい天気ですね」

先ほどとは別人のような態度を見せる光騎。

「え、ええ・・・」

青葉がやや戸惑いがちに答える。

「・・・そ、それでは、あ、あ、雨が降らないうちに失礼します!」

意味不明な言葉を残して、光騎が慌てて去っていった。

───なんだ、あの変わりようは・・・

総次は不恰好な姿をさらしながら、消えていく光騎を目で追った。

あれが天才剣士だと言われているのだから、世の中は不思議だと思わずにいられなかった。

「青葉ちゃん」

総次は青葉のもとに足を進めた。

「あ、総次さん。こんにちは」

青葉が会釈を返した。

「あのさ、さっきの男って青葉ちゃんの知り合いなのかい?」

「ええ、神垣君は私のクラスメートですけど、それがどうかしたんですか?」

「いや、さっきの会話しているのを見ていたんだけど、ずいぶん変わった奴だなと思ったからさ」

総次は、屋上での出来事に触れずに話を続けた。

「普段はクラスの委員長として、すごく立派なのに、ときどき面白いことをするんですよ。このあいだも、私と日直しているとき、バケツの水をひっくり返して、教壇を倒したりしたんですよ。でも、本当は頭もよくて、スポーツも万能で、おまけに剣を使わせたら、大人のひとでも勝てないって言われるほどの実力があるんですよ。全然、そうは見えないんですけどね」

青葉はそのときのことを思い出したのか、クスリと笑った。

「へえ、そうなんだ」

総次は今の話を聞いて、ある結論を導き出した。

どうやら、光騎は好きなひとのまえでは、舞い上がってしまうタイプで、それが原因で告白できないでいるらしい。

あれほどのルックスと青葉が語った人物像なら、黙っていても学校中の女の子たちが、ほっときはしないだろう。

しかし、自分の好きなひとには、本来のあるべき素顔を見せられないでいる。

これほど、つらいことはないだろう。

───世の中って、本当にうまくいかないようになっているんだな

総次は思わず苦笑を浮かべた。

「どうしたんですか、総次さん?」

「いや、何でもないよ」

総次は慌てて表情をもとに戻した。

「青葉ちゃーん!」

突然、青葉の背後からポニーテールの女生徒が駆け足でこちらにやって来た。

外見は青葉よりも幼い感じのする少女だった。

恐らく、青葉と同じ年齢だと思うが、なんとなく紅葉と同じくらいに見えた。

「エヘへ、青葉ちゃんの姿を見かけたから、走ってきちゃった」

「もう、廊下を走ると危ないわよ、小鳥」

「大丈夫だよ、青葉ちゃん。小鳥、そんなにドジじゃないもん」

小鳥と呼ばれた少女は笑いながら答えた。

顔つきと同じくらい言動も実年齢より幼かった。

「あれ?このひとって、ひょっとして青葉ちゃんの家に同居しているひとでしょ。ね、ね、そうでしょ?」

「うん、そうよ」

「へえー、このひとがそうなんだあ」

小鳥はまじまじと総次を見つめた。

「あの、先輩の名前、教えてください」

「あ、俺は伊倉総次っていうんだけど」

「総次先輩かあ・・・あの、私は国府宮小鳥っていいます!よろしくお願いしまーす!」

と言うなり小鳥は、いきなり総次の胸に飛び込んだ。

「うわっ!」

いきなりの行動に驚く。

「ち、ちょっと、小鳥!」

青葉も同じくらい慌てた。

「エヘへ、抱きついちゃった」

小鳥は嬉しそうに総次から離れた。

「んもう、こんなところでそんなことしたら、変な噂が立っちゃうでしょ」

「私は別にいいよ。だって、小鳥、総次先輩に運命を感じちゃったから。きゃん、言っちゃた」

青葉の注意など意に介せず、小鳥は常に自分のペースで話を進めた。

───なんかすごく変わった娘だな・・・

総次は苦笑いをするしかなかった。

「ほら、もう授業が始まるから早く行かないと遅れるわよ」

「えー、そうなのぉ。ぶー、もっと総次先輩とお話したかったのにぃ」

小鳥が頬を膨らませる。

「それじゃ、今度、小鳥と一緒にお話してください。お願いします」

「ああ、いいよ」

「やったあ!それじゃ、約束ですよ」

「ほら、早く来ないと置いていくわよ。それじゃ、総次さん、失礼します」

「それじゃ、総次先輩、約束、忘れないでくださいね。ああん、待ってよ、青葉ちゃん」

小鳥は総次に可愛く手を振ると、慌てて青葉のあとを追った。

「小鳥ちゃんか・・・」

総次は小鳥に抱きつかれたときのことを思い出した。

あのとき、腕に伝わった柔らかい感触がまだ鮮明に残っていた。

「おい、何いやらしいこと想像しているんだ」

「うおっ!」

聞き覚えのある声によって、現実の世界に引き戻された。

後ろを振り返ると、倭と千歳がニヤニヤしながら立っていた。

「お、おまえたち、いつの間に・・・」

すっかりうろたえる総次。

「えーっと、確かおまえが小鳥ちゃんに抱きつかれるところからかな。いやあ、もてる男はつらいねえ」

倭が意味ありげな笑みを浮かべて答えた。

「総次君のえっちぃ」

一方、千歳は軽蔑のまなざしをこちらに向けていた。

「ち、違う!俺は断じてやましいことは考えていない」

我ながら説得力のないことを言っていると思わずにはいられなかった。

「ふーん、その割には顔がにやけていたわよ」

「うんうん、すごく鼻の下が伸びていたぞ」

ふたりの集中攻撃がさらに続いた。

「うっ、そ、そんなことはない!絶対に小鳥ちゃんに抱きつかれたことなんか思い出していないぞ!」

総次は、そそくさと教室に入って自分の机に逃げ戻った。

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