05.蛍
クリスティーナが異世界からやってきたなんて両親が信じるわけがない。しかも同居なんて許すはずがない。
俺は高をくくっていた。
「はーい」
呑気な声と共に出てきた母は、クリスティーナと、彼女の後ろで苦笑いしている俺を見比べて「えっ?」と小さく驚きの声を上げた。
そりゃそうだよな。印象よく見てコスプレ女だもんな。そんなのが尋ねてくるなんて思わないよな。
「お久しぶりです、おばさま、クリスです」
クリスティーナは、なんか奇妙な踊りをしながら母に自己紹介をした。
って、久しぶりってなんだよ?
クリスティーナの動きは、一言で言いあわらせない奇妙なクネクネダンスだ。近いのはフラダンス? 手がしなやかに動いてて奇妙な感じがする。CGがヌルヌル動いてるのを見て、うわぁ、って思うアレに似てるかも。
恰好だけでも奇妙なのに、絶対こんなの、いくらすっとぼけたところのある母でもおかしいと思って追い返すだろう。
なんか、ほっとした。
ありがとうクリスティーナ、不思議な踊りを披露してくれて。
若干俺のMPが削られた気がするけれど。
と思ってたら。
「あらあらクリスちゃん! 大変だったわねぇ! さぁあがって!」
ふぁっ!?
「ちょ、母よ? 何言って――」
「なにすっとぼけた顔してんのよ。あんた傘持ってるくせにクリスちゃんに差してあげないなんてひどすぎねっ。母さん、あんたをそんな外道に育てた覚えはないよっ?」
わざとらしい泣き真似を見せつけて、母はクリスティーナを家の中に連れて行った。
彼女が振り返る。にかぁっと憎らしいくらいいい笑顔でサムズアップした。
一体、何をやった!
俺も慌てて傘を畳んで家に入った。
台所に行くと、ちょうどクリスティーナが父に奇妙な踊りを見せながら名乗ってるところだった。
「おぉ。クリスちゃん! 大変だったなぁ。落ち着くまでうちにいていいからな。何か不便なことがあったら俺達や明にどんどん言うんだぞ」
父までやられてるっ!?
あの踊りのせいなのか?
「とりあえずクリスちゃんはシャワー浴びてきてね。その間にお部屋のチェックしておくから」
母がクリスティーナ改めクリスを風呂場に連れていってから、いそいそと二階へと上がっていった。
「父さん、彼女さ……」
「ん? クリスちゃんだろ? おまえが小学校の三年ぐらいだったかまで近所に住んでた」
記憶が捏造されてるっ。
「引っ越して遠くに行ってしまったけど、つい先日、ご両親が強盗殺人で亡くなってしまって、ほかに頼る親戚がいないから落ち着くまでうちにいることになったんじゃないか」
さも当然みたいに言うけど、なんだよその物騒な設定!
「懐かしいわねぇ。すっかり大人の女の子になっちゃって見違えたわぁ」
母が戻ってきて、うっとりしている。普段から客間も掃除してるみたいだけど、チェック早いな。
「幼稚園の頃だったかしらねぇ。みんなで蛍を見に行って、あんた、クリスちゃんが川に落ちそうになったのを助けて代わりに落ちちゃったわねぇ。あの時は、将来クリスちゃんがお嫁さんになってくれるのかなってひそかに期待してたのよぉ」
助けたの。本当の幼なじみだからっ。
ちなみにその子とはなんもないまま疎遠になっちゃったけど。
けれどすっかり信じ込んでる両親に何を言っても無駄っぽい。
これは、クリス本人に問いただすしかないな。
俺は部屋に引っ込んで、クリスが風呂から出てくるのを待つことにした。
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