第18話

 暗い、暗い部屋。

 安っぽいパイプ椅子に腰かけた僕は目を開く。

 つい最近、訪れたはずのこの場所に、えらく長いこと来ていなかったような気さえした。

 いつものように目の前のテレビが突然点いた。

「第二ノ啓示、ディノトログロフを討滅せヨ」

 討滅、という文字。正直、それが無謀なことは僕自身が一番わかっていた。

「逃がした場合は?」

 僕が質問をすると画面が切り替わる。

「失敗ト見ナす」

 言ってくれるよ。どう頑張ったってレベル不足なボスに挑むようなものだ。

 ディノトログロフの危険度も凶暴さも僕は既に思い知っている。死ぬかもしれないという考えが脳裏をよぎると手が震えだした。

 でも、僕にはそれをしなくてはならない理由がある。

 僕は震える手を握りしめて決意を固める。

「やってやるよ、神様」

 僕がそう呟くと世界は再び暗転した。


 空も白み始めた頃、僕は靴を結び、旅の準備を始めた。

 師匠は遺言のようにパレクス神父に僕宛の手紙を残していた。そこに残されていたのは、ディノトログロフの対処法に関してだ。

 この展開を予想していたというのなら、せめて死なぬ努力をしてほしかったが、敵の手が師匠が思ったよりも速かったのだろう。

『ディノトログロフは尾骶骨びていこつが冷えるのを嫌う』

 可愛らしい文字で、ゲームの攻略法みたいなことを書かれた手紙。結局、一人で何とかしなくてはならなくなってしまった。

 僕が使える魔法は基礎魔法と初級魔法しかない。火力に繋がるのはファイアボルトとアイスボルト、それに加えて詠唱が必要な付与魔法エンチャント爆破ボマー

 いずれにしても魔力消費量を考えるならば五回が限度だ。逃げ回ることを考えると三回以上は危険かもしれない。

 一番火力の高い付与魔法・爆破を使って一気に勝負を付けたいところだが、近づくリスクや魔力消費量を考えると現実的ではないだろう。

 少ない手札。心許ない武器。だが、師の無念の為にも果たさなければならぬことがある。

 黒幕の正体はまだわからない。ならば、せめてその手先となる存在を討つ。

 神の啓示の件もあるが、それはたまたまタイミングがあっただけだ。例え啓示がなかったとしてもあの魔獣を倒すことに変わりはない。

 扉を開くと、そこにはパレクス神父が立っていた。

 朗らかな表情。しかし、その顔には憂いが見られる。

「行かれるのですね」

 全てを察したのだろう。それでも神父の言葉は制止ではない。

 僕が頷くと神父は、やはりといった顔で深く目を閉じた。そして、その目を再び開くと覚悟を決めたように僕の肩にその手を乗せる。

「せめて、祈りを。汝が旅に栄光と誇りがあらんことを」

 パレクス神父は祝詞を述べるとその手を僕の肩から降ろすと、ポケットからロザリオを取り出し、僕の首にかけた。

「お守りです。ウィリアム、君が再び帰ってくることを信じていますよ」

 少しばかりやつれた笑みを浮かべるパレクス神父。

 正直、怖い。死ぬかもしれない。でも、僕が不安そうな顔をしていては、この人も安心して送り出せないだろう。

 だから僕にできるのは最大限の笑みで戦場に向かうことだけだ。

「はい!」

 漫画の主人公たちだって苦しい時に笑っていた。

 僕は主人公じゃないかもしれない。だけど、それでも戦うんだ。

 お世話になったこの教会の為に。

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