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船宮 真尋
12月:メリー・ハッピー・〇〇〇〇〇?
掌サイズの白い立方体に、赤いリボンが十字に結ばれている。
昨日の飲みの席の、クリスマスプレゼント交換会の戦利品だろうか。一人一つずつ持ち寄ったプレゼントをシャッフルした記憶は、二日酔いで痛む頭におぼろげながら残っている。飲み会からの帰路の記憶はないのだが。
けれど。白い箱の隣、可愛らしくラッピングされた袋の中の、真っ赤な服を着たクッキーと目が合った。クリスマスの時期に散見される人型クッキーが二枚、入っていた。プレゼント交換のあとで二つのプレゼントが手元にあるのは、不整合だ。
プレゼント交換会の首謀者は、美少女の皮をかぶった楽しさ至上主義の変人・志村悠香だった。「変なものを交換しあいませんか!」という志村の提案にサークルの皆が乗った。皆が何を持ってきたかはわからなかったが、交換会のリアクションを見るに、ガラクタをはじめに、変なものが色々とあったようだった。俺が交換に出した小説の下巻も、今は誰かの本棚の端に挿さっていることだろう。少しばかり凝ったものを用意する会だったから、プレゼントを二つ以上用意していた人間はいなかったはずだ。
痛む頭で考えて、ふと、一つの可能性に思い至る。
スマホを手に取り、電話をかける。電話先は、志村だ。しばらくのコール音のあと、『もしもしー?』と明るい声が聞こえてきた。
『先輩、昨日大丈夫でしたか?送ってったらすぐ寝ちゃったのでそのままにして帰ったんですけど』
「志村が送ってくれたのか。……ありがとう。今度昼飯でも奢るよ」
『お昼ご飯より、見たい映画があるので今度デートしてくださいよ!カップル割で安くなるんです!』
「わかったわかった。――ところで志村、昨日飲み会の時、クッキーを焼いて持ってきていたか?」
『……ええ、持っていきましたけど。なにかありました?』
ビンゴだ。
「いや、なんでもない。……映画に行くときは連絡してくれ。じゃあな」
『あ、はい、では!』
飲み会の参加者の中で、菓子作りを趣味とするような人間が志村しか思い浮かばなかったが、どうやらそれで当たりだったらしい。
焼き菓子は少量作るのには不向きだから、クッキーは量産されたはずだ。誰かから参加者全員に二枚ずつ配られていたとしたら、この状況にも納得がいくのだ。
クッキーの出処は判明した。
消去法で、白い箱が交換会で得た品ということになる。
期待はせず、寧ろ恐る恐る、箱を開けた。
中身は、金木犀のハンドクリームだった。
季節外れ、というのがこのプレゼントの変なポイントなのだろうか。なんというか、パンチが弱い気がしてしまう。
金木犀の花が香るのは、九月末から十月頭。俺の誕生日がちょうど重なっている時期だから、金木犀を嗅ぐと俺は俺の誕生日を思い出す。そういう事情も相まって、俺は金木犀の香りが好きだ。誰のプレゼントだかは知らないが、ありがたく使わせてもらうことにしよう。
早速少し手に塗ってみる。
金木犀の甘い香りの中で、クッキーを一つ口にした。
先輩との電話を終えて、私は人型クッキーの右腕をかじった。余りがまだたくさんある。もちろん、アイシングまではしていない。
あのトーヘンボクネンジンはプレゼントを開けたかな。
昨日は、久々にサークルのみんなで集まってお酒を飲んだ。帰りには酔って寝てしまった先輩をなんとか起こして肩を貸した。みんなずいぶん酔っていたから、先輩を抱えた私が「ホテルに連れ込んでしまえ」と冷やかされた。そのことを、たぶん先輩は知らない。
そして、私の真の目的は、たぶん誰も知らない。
私は、先輩に渡せなかった誕生日プレゼントを渡すために、今回の飲み会を利用したのだ。
せっかく良いハンドクリームを見繕ったというのに、先輩はラボが忙しいと、誕生日の周辺はサークルに顔を出してくれなかった。今更改めて渡すのは恥ずかしかったから、プレゼントは何も言わず押し付けることにした。
カムフラージュにプレゼント交換会を企画して、誕生日プレゼントをクリスマスプレゼントに偽装した。先輩を家まで送って、プレゼントは先輩の家に置いてきた。誕生日用包装じゃなくて本当によかった。
私は金木犀の香りが好きだ。でもあれは、自分から香らせるものじゃないと思ってる。いつからか街に香り出して、秋の深まりを感じるのが好きだ。気分に従って、香りを辿るのも楽しい。
金木犀で好きな人の誕生日を思い出して、香りを辿って好きな人が近くに居ないか探す。ロマンチックでとても良い。
だから先輩に、金木犀のハンドクリームをあげた。先輩も金木犀を好きだったら嬉しいんだけど。
そういえば、私がプレゼント交換に用意したクッキーは先輩に当たったようだった。引きが強いんだか弱いんだか。唐辛子で真っ赤になった服を着たクッキーは、甘党の先輩にはパンチが強いかもしれない。
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