Day22 前を向いて(お題:賑わい)

 爆発事故の処理が一区切りついた頃、私はグレンさんが運転する車の助手席に乗っていた。都市の郊外に行くそうだ。

 郊外に行くには、車が一番移動しやすい。乗り合いのバスもあるが、今日、行く場所はあまり本数がないそうだ。

 車は魔法道具の一つとして販売されており、様々な魔法が込められているものとなっている。

 また、運転するには免許が必要だが、免許をとるためには試験を合格する必要があった。筆記試験はなんとかなっても、実技で多くの人が落ちると聞いている。車のいたるところに魔法が込められているので、それを使いこなすのが困難らしい。


 そんな車をグレンさんは、慣れた手つきで走らせていた。私は車内を思わずじろじろと見てしまう。メーターには風属性、アクセルには土属性かな……?

「そんなに珍しいか、車が」

 ハンドルを握りながら、グレンさんが正面を向いたまま問いかける。私は顔を真っ赤にして、姿勢を正した。

「すみません、ほとんど乗ったことがなくて……!」

「現場に出ることがあれば、車も時々乗るようになる。……免許は持ってないっていう顔だな」

「……難しい試験らしいですし、私、魔法道具の扱いって、実はあまり得意ではないんです。グレンさん、よく合格しましたね」

 グレンさんは口をつぐんで、少し沈黙する。

 そんな変な聞き方してしまった!?

「言う機会がなかっただけで、別に黙っているつもりはなかったが、俺、魔法が扱える人間なんだ」

「え?」

 目を瞬かせながら、グレンさんを見る。


 この国では魔法を扱える人間――いわゆる魔法使いと、魔力を感じやすい人間、そしてまったく感じない一般人の三種類に分けれられる。

 魔法使いは人口の割合からして、一割を切っており、魔力を感じやすい人もそう多くはない。私みたいな一般人が大半のため、魔法使いは珍しい存在だった。


「だから魔法道具の魔力を感じ取れるし、扱いも何となく魔法を扱う要領でできるから、こういう複雑な道具でも比較的すぐに使える」

「そうだったんですか。まったく気づかなかったです、魔法使いだったなんて」

「普通はそうだ。サミーは魔力を感じやすい人間らしくて、俺のことを早々に魔法使いって見抜いたがな」

「サミーが? それもびっくりですね」

 一緒に働いている人間たちの本当の姿に、驚きを隠せない。サミーは私よりも経験は少ないが、よっぽど認可の仕事に向いているんじゃないかと思った。

 魔力を感じ取れれば、実際に現場に行ったときに、感覚で魔法がどこに込められているかが察することができる。それをもとに、指摘もしやすい。

 現場に立入する際、一般人でも魔力が感じ取れる機械は持って行くが、万が一隠れたところに魔法が込められた場合、その機械では網羅できないおそれがあった。


「魔法道具は一般人のための道具だから、一般人が審査した方がいいとは思う。扱い方の指摘は、同じ目線から見た方が指摘しやすいだろう」

「うまく作動しないからと言って、変に魔力をいじって、動かすってことはできませんからね……」

「個人個人の能力を生かしながら、総合的に審査すればいい。だから落ち込むことはない」

 時々、グレンさんは優しく前向きな言葉をかけてくれる。仕事では厳しい面もあるが、それも後輩をよりよく教育しようという心がけだろう。

「ありがとうございます。これからも私なりに頑張ってみます」

 精一杯笑みを浮かべながら、先輩に応えた。


 他愛もない話をしながら、車はしばらく走り続ける。

 やがて一時間ほど走らせたところで、ある町から喧噪が聞こえてきた。

 お祭りだ――魔法道具をたくさん使った。

 祭りのはずれにある駐車場に車を止め、私とグレンさんは中心部へと移動していった。


 私は思わず表情を緩めて、人々で賑わう通りを歩いていく。

 食べ物を扱っているテントの中では、火の魔法道具でコンロに火をつけ、そこでいろいろと調理していた。美味しそうなスープの匂いが漂ってくる。

 冷たいアイスも売っていた。急速に冷やす冷蔵庫も、魔法道具を使っている。

 あまりに身近すぎて忘れていたが、光、熱、水など、生活に欠かせないものは、魔法道具に頼っているといっても、過言ではなかった。

 その他にも、ちょっとした物でも魔法が関わってきている。おもちゃ、風船、拡声器、その他色々と物があった。

 この国の発展は、魔法道具がなければ、成し得なかったことだろうと、唐突に思った。

「ケイト、これいるか?」

 横から突き出されたのは、苺がたっぷり入ったクレープだった。きょとんとして、顔を向けると、グレンさんは逆の手で同じクレープを持っていた。

「……苺が好きだって、前に言っていた気がするから」

 確かに好きだけど、そんなことグレンさんの前で言った? と疑問符が浮かびそうになったが、先輩が気まずそうな顔をしているのを見て、慌てて首を縦に振った。

「はい、好きです! いります、いただきます!」

 近くにあるベンチまで移動し、そこでクレープを頬張った。グレンさんも隣に座って、黙々と食べ始める。

 絶妙な酸味の苺、甘いクリーム、それらを包む柔らかい皮――美味しかった。子供の頃に戻ったみたいだ。

 そう、私はよく地元の町のお祭りで、クレープを食べていた――。

 唐突に過去を思い出してしまい、目から一筋の涙が流れた。グレンさんに見られる前に、さっとぬぐい去る。そしてクレープを一気に食べきった。


「……魔法道具ってすごいですね」

 気を紛らわせるために、話しかける。

「そうだな。同時に魔法道具は危険なものだ。扱いを間違えれば、惨事になってしまうからな」

 それが先日の事故の原因だった。扱いを間違ったから、爆発が起きてしまった。

 私は視線を若干下に向ける。

「――もしかしたら、認可を出すのを怖くなったかもしれない。自分が認可した物で、事故や事件でも起きたら、それはそれで恐ろしいことだと思う」

 グレンさんがベンチに添えている手が、強く握りしめられている。

「確かに魔法道具の扱いを間違えれば、水は周囲を飲み込み、火は建物を燃やし、風はすべてを吹き飛ばし、土は荒れ果てた土地にしてしまうかもしれない。だが、使い方さえ間違えなければ、魔法道具は世の中を豊かにする。もはや現代ではなくてはならない大切なものだ」

 グレンさんのことを見上げると、先輩と視線があう。先輩の表情は決意に満ちていた。

「自分の仕事の大変さに気づき、恐れを抱くのは当然だ。だが、仕事をしている以上は、進まなければならない。たくさんの先輩たちがそうしてきたように」

 グレンさんもきっと私のような経験を幾度となく乗り越え、進んできたのだろう。


「ケイト、前を向いて進め。悩んだら周囲に頼れ。一人で抱え込むな」


 その力強い言葉は、私の心に深く刻み込んだ。

  

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