コーヒーをぶっかけられた

外狹内広

コーヒーぶっかけぶっかけられ。

「────ねぇ、あれはなんだったの?」


「だから、これは間違いで……っ!」


「もうこれ以上言い訳なんて聞きたくないわっ!!あの女は誰かって聞いてるのよっ!!」



 ここはとある街にある小さな喫茶店である。この街に住むいろんな人が利用する、知る人ぞ知る名店、と呼ばれるようなそんな場所である。


 そこで、一つの痴話喧嘩が繰り広げられていた。


 きっかけは彼女─────天音小鳥あまねことりがとある現場に見合わせたことから始まった。

 天音は付き合っていた彼氏の小針春樹こばりはるきが他の女とキスをしていたのを偶然見てしまったのだ。

 そして今、彼女はその詰問をしているところである。

 

 天音が大声で叫んでいる内容が内容なだけに、喫茶店内にいる人の視線が集まっていた。



「だから彼女はただの知り合い──────ッ!?」


「そんな戯言聞きたくないわっ!!!」



 その瞬間、彼女は机に置いてあった、さっき頼んだばかりの熱々のコーヒーを小針に向かって


 その瞬間、小針は考えた。



(クリーニング代……うわぁ)



 彼は天音に浮気をしたことを全く後悔していなかった。どころか、今着ている服結構高いんだよなぁ、なんて呑気に考えてもいた。

 もう彼の心の中に天音を思う気持ちなど無くなっていた。どころか浮気相手と早く一線を越えたいとすら、今まさに思っていたところだ。


 しかし、そんな浅はかな考えは天音は気づいていた。



(こいつ……やっぱりクズだったのねっ!!)



 彼女は前から薄々そのことについて勘付いていた。しかしそんな訳ないと頑張って信じようとしていたのだ。しかし今日こうやって話し合って確信してしまった。


 そしてコーヒーが宙を舞っているこの一瞬で、こいつ殺すと決めた。



(クリーニング代……まぁいっか)



 そしてコーヒーが二人の間で舞っているのを見ながら、この喫茶店“アミーヴォ”の店長である金堂源十郎こんどうげんじゅうろう56歳は小針が座っている席が汚れるだろうなと内心でため息を吐いた。


 だが、今彼はつい最近投資で大成功を収め、懐がウハウハなのを悟られないよう、その厳つい顔でなるべく表情を表に出さないようにしているのだ。


 ちなみに、その投資で得た額は1000万を裕に超える。その為クリーニング代などかかっても別に問題ないのである。しかし元の性根が小市民なためか、無駄な出費はやっぱり嫌なのだ。



(店長……少しくらい分けてくれないかなぁ……)



 そんな店長の内心を読み解いたのはこの喫茶店で働いている唯一の従業員の鴨居果歩かもいかほだ。今彼女の視線は宙を舞っているコーヒーに向いているが視界の端に店長を写している為彼の心情を読み解けたのだ。


 大学生でバイトの身でありながら、店長に内緒で喫茶店の売り上げを一部掠め取っているという、バレなきゃ犯罪を地で行っている女である。金にがめつい女、それが彼女の友人からの評価であることを今の彼女は知る由もなかった。


 ちなみに、つい最近彼氏に内緒で他の男と浮気をしだしているため、小針に少しだけ同情している。もしかしたらクズ同士話が合うかも知れないが、果たして。



(はぁ……この従業員。よそ見してないでさっさと仕事してくれないかしら。にしても……彼らは若いわぁ……)



 鴨居に心の中で文句を言いつつも、天音らの痴話喧嘩を物珍しく観察していた彼女の名前は如月亀子きさらぎかめこ。またの名を紅色の豚デブと呼ばれている。


 いつもしている紅色を基調とした厚化粧にそのふくよかな体型のせいで両足を地から同時に離せないらしいがためにそう呼ばるようになったのだ。陰で。


 彼女はこの街で金持ちの家として有名な如月家の当主の妻で、常に他人を見下しているのだが、そんなのをおくびにも出さず、淑女(自己評価)として生活している。


 一日5食食べているこの女には淑女としての意識は足りないと、当主ご本人が昔インタビューで話しているのでその事から彼らの関係がどうなっているのか想像に容易い。



(……もしかすると、今チャンスなんじゃ……?)



 そしてそうやって機会を伺っているのは荒木あらきと呼ばれる、である。


 彼女は紅色の豚デブが座っている席の真上の天井に張り付き始めてもう10時間が経とうとしているため、そろそろ降りたいと考えている。今もとても辛そうに顔に汗がダラダラと垂れているが、それを下に落とさないように細心の注意を払っている。


 彼女は紅色の豚デブを殺すように如月家当主本人から依頼を受けた、依頼達成率100%の凄腕の暗殺者である。


 しかし、達成率100%と聞こえはいいものだが彼女に依頼される仕事はどれも簡単なものばかりで決してそれを誇ることはできないものなのだが、彼女がそれを知るのはいつだろうか。


 いや、そんな時は来ることはないだろう。だって、彼女はもうこの仕事から足を洗いたいと思っているからだ。その為の計画も今立てている途中である。



紅色の豚デブを荒木が殺した瞬間、荒木を殺す……が、長いな)



 その計画が漏れていたなどと、荒木は気づくことなく今日を迎えたのだが。

 

 そんな荒木を喫茶店から遠く離れたこのビルの屋上から狙っているのはこれまた凄腕の暗殺者の北巳きたみ


 彼の依頼達成率は荒木よりも高くない。が、それは荒木が受けるような依頼以上の難易度を持つ要人殺しを専門としているため、その時のターゲットの警護の度合いによって諦めざる負えない場面があるのだ。


 しかし、そう言った場面を見極めてこそ真のプロだと彼は思っている。


 この道39年。彼の目は哀愁漂いつつもターゲットから目を離すことなどない。その鷹の目ホークアイから逃れられるものなど誰一人としていないと言われている。


 今日もいつものように相棒のスナイパーライフル──────ヴァレットM33を信じ、スコープで狙いを定め、引き金に指をかけるのだ。



(ふぅむ……あれが例の喫茶店ねぇ……ぶちかますか、そろそろ)



 だが、北巳がいるビルのその後ろの建物から喫茶店の一連の動きを観察し、それら全てを破壊しようとしている男がいた。機械マニアの、コードネームM男である。


 コードネームがM男なのではない。“コードネームM男”と名乗っているのだ。ネット上ではイケメンと自称しているが、実際はただのデブである。


 そんな彼だが機械いじりの腕はピカイチで、今日も今日とて自分のアカウントで依頼された仕事をこなしていた。それは喫茶店“アミーヴォ”を粉々にするというものである。何故ただの喫茶店を粉々にしなければいけないのかコードネームM男には理解できなかったが、依頼された仕事はこなさなければならない。

 

 彼は自分が持つパイプを駆使してついに大量の火薬を手に入れた。それを全て使えばアミーヴォどころかこの街を一掃できるのだが、今回はそんな量をいっぺんには使わないことにしている。


 そして今まさにミサイルの発射ボタンを押そうとしていた。その時だった。



(っ!?まずいっ!?)



 コードネームM男がいる建物に今まさに突撃しようとしている3人の男がいた。


 そのうちの一人、アメリカのFBI所属の突撃部隊のリーダーであるマイケルはコードネームM男がしようとしているのを仕込んでいたカメラで確認し、内心焦っていた。


 7月なのに長袖の黒服を着て外で待機をしていたがために全身汗だくである。しかし彼は胸の中にあるその闘志でなんとか持ち堪えていた。


 もうすぐだ。もうすぐで彼の両親を殺したコードネームM男を捕えることができる。その意思が彼の体を突き動かした。





 宙を舞ったコーヒーがついに小針の顔、そして体に直撃する、その瞬間。



「突撃っ!!」


「うわぁ!?」



 マイケルたちはコードネームM男の部屋のドアを強引にこじ開けた。それに驚いたコードネームM男は誤って別の場所に照準を合わせてミサイルを発射させてしまった。


 その行き先は偶然にも北巳がいるビルだった。



「ん?なんの音──────っ!?」



 そして北巳がいたビルは爆散した。その爆風はとてつもなく、そのビルから離れたアミーヴォにまで届いた。


 その爆風に驚いた荒木は、



「うわっ!?」



 と、声をあげてから思わず天井から落ちてしまった。しかし、彼女の頭が偶然にも、



「ぐへっ!?」



 紅色の豚デブの脳天とぶつかり、荒木が持っていた石頭が紅色の豚デブを気絶させた。

 

 そして、突然天井から落ちてきた人物に、



「えっ!?明里!?」



 今度は鴨居が驚いた。実は荒木は鴨居の大学の友人だったのだ。そんな見知った顔が突然天井から落ちてきたのだ。それに驚くなという方が難しいだろう。


 しかし、そんな状況でも別のものに驚いている人物がいた。



「俺の1000万をっ!?渡さねぇぞおおおお!!!!!!」



 天井から落ちてきた荒木を見て何を勘違いしたのか、金堂が大声をあげてちょうど手に持っていた包丁を荒木目掛けて投げた。

 その包丁は鴨居の横を通り過ぎ、そして狙いが良かったのか悪かったのか、それは荒木に当たることなく、



「ぎゃアアアアアア!!!!!!」



 紅色の豚デブの目に刺さった。その一撃によって紅色の豚デブはこの世を去った。


 後に街が発行している新聞紙一面に“遂に紅色の豚デブ滅びる!!”と大々的に報じられるのだが、死んでしまった紅色の豚デブには知る由もなかった。


 そして、宙を舞っていたコーヒーは小針の服にかけられた。

 熱々のコーヒーが。



「あっつ!?んだよこれ!!ふざけんなよ!!火傷するじゃねえか!!」


 

 予想外の熱さに思わず涙を浮かべながら着ていた服を思わず脱ぎ捨てた。そして彼がつけていたネックレスが天音の目に映った。



「ふんぬっ!!」



 だから彼女は机に乗り出しそのネックレスを引きちぎって、その腕で、



「死ねええええええ!!!!!」


「グォボッ!!!」



 彼の顔面をぶん殴った。その彼女の叫びが街中に響き渡り、それはとある建物にまで届いた。



「ひえっ!?」



 その声に3人の男に組み伏せられているとあるデブと突撃部隊のリーダーがビクッとしたとかなんとか。



 そんな事はさておき。





「きゃあああああ!!!」


「ガッ!?」



 今、一人の浮気男クズが息を引き取った。


 逮捕されたのは紅色の豚デブに刺さった包丁を頭が混乱した状態で引き抜いて別の場所にそれを投げたらたまたま地面に倒れた浮気男クズに刺さってしまって気絶した浮気男クズの同類だった。


 そしてその報道の知人インタビューで知人は語った。



『彼女、紅色の豚デブも殺したんでしょ?あ、やっぱり?彼女は金にがめつかったんで、いつかそう言ったことをすると思ってたんですよー。予想していた通りですね(匿名希望、A.A氏談)』





 今日もこの街は平和(?)である。毎日死亡事故事件は起きているが、比較的平和(??)である。


 

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コーヒーをぶっかけられた 外狹内広 @Homare0000

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