ロボットから精一杯の愛を──。
うり北 うりこ
第1話
誰もいない。私を心配してくれる人は。
滅多に会わない息子たちは、たまに会いに来たと思えば遺産の話ばかりだ。
心臓が悪い? 頭が少しでもしっかりしているうちに遺言を書け? 誰が書くものか。
昔は家のなかを走り回っていた三人の息子の変わりに、今は家事をこなすように設計されたロボットたちが動き回っている。
けれど、所詮はロボット。心などない。私の気持ちをくみ取ることもなければ、気の効いたことも言わない。
ただただ、命令に従う冷たい鉄の塊だ。
一人だ。きっとこの先も。弱くなった心臓が止まるまでずっと……。
眩しい日の光がカーテンから差し込み、爽やかな風が頬をなでる。それすらも、煩わしい。
「今度は俺の番なー」
「待ってよー」
「押すなって!!」
風に乗って、子どもたちの笑い声がする。その笑い声に息子たちの幼い頃が頭を過った。
「母ちゃん! 一緒に遊んで!!」
「兄ちゃんばっかりずるいー!」
「俺と遊んでよ!!」
せがむ幼い息子たちの幻影が胸を締め付ける。
何を、どこで間違えた? 何故、私は一人なんだ。こんなロボットばかりに囲まれて……。
「近所で遊ぶ子どもの金切り声が、私の心臓を締め付けるわ。このままじゃ死んでしまう。なんとかなさい」
ロボットに命じた。
あんな声を聞くから苦しくなるのだ。どんなに望んでいたとしても、あの頃には帰れない。金があったところで、何にもならない。
金がなければ息子たちは会いにも来ないだろう。
それから数日後、子どもの声はしなくなった。
「どうやったの?」
『子どもたちを見つけました』
「それで?」
『札束で叩きました』
「…………そう」
『親が出て来て、頭を地面に擦り付けてました』
親が頭を地面に擦り付けていた? ま、まぁ……いいわ。静かになるのだったら。
やはり人は金の前ではひれ伏すのね。誰もが同じよ。
その事実に、久々に心が晴れたような気持ちだった。金が絡めば、人は変わる。それは、私の息子だけじゃない。
気分良くロボットが用意した紅茶を飲む。もう風が耳障りな子どもの声を運んでくることはない。
だが、数日後には新たな問題が発生した。飛行機の音がうるさいのだ。
飛行機は嫌いだ。あの男は出張に行く時に乗った国際線のキャビンアテンダントに恋をしやがった。
入り婿だったあいつを追い出して、きっちり慰謝料も払わせた。あいつは仕事だって失った。だが、私は未だにあいつを許していない。
飛行機の音を聞くとあいつを思い出す。あぁ、腹立たしい。
「飛行機が上空を飛ぶ音が、私の心臓を膨張させるわ。このままじゃ死んでしまう。なんとかなさい」
私はロボットに命令をする。どうせなら、飛行機を撃ち落としてしまえ……とさえ思う。苛立ちで心臓が忙しない。
これでは、あいつとの過去に殺されてしまう。
ロボットたちは床を金づちで叩いたり、ノコギリで切ったりし始めた。
その音がうるさくて、再びロボットに命じる。
「静かに作業なさい。その金づちの音が私の心臓を叩いてくるようだわ。このままじゃ死んでしまう。音がしないようになんとかなさい」
ロボットたちは無感情に『はい』と返事をすると、私の起きている時間には作業をしなくなった。
一体、いつになったら飛行機の音から逃れられるのか。
苛立ちが膨らんでいく。それと共に心臓が、とっとととと……と早足になる。
『できました』
一週間後、朝目覚めればロボットに告げられた。そして、ベッドごと地下へと運ばれる。
一階の寝室と全く同じ作りの寝室がそこにあった。
「いつの間に作ったの?」
『寝ている間に』
「静かだったわ」
ロボットは耳栓を見せてくる。つまり、私に耳栓をしていたということか。
「耳栓をつけて良いなんて言ってないわよ」
『音がしないように、とのことでしたので』
「だからって、勝手に耳栓をつけるだなんて」
『音がしないように、とのことでしたので』
何を言っても『音がしないように、とのことでしたので』ばかり。
だから、ロボットは嫌なのだ。命令には従うが、話相手にはならない。
だが、地下室は快適だった。地下に風呂とトイレも作らせ、私は地下から出なくなった。
これで、飛行機の音はもうしない。あいつを思い浮かべることもない。
清々する。これで息子の幻影にも、元旦那の嫌な思い出にも悩まされることはない。余生を静かに過ごせる。
それなのに……。
「あなたたちが頭上をパタパタ動き回る音が、私の心臓のリズムを狂わせるわ。このままじゃ死んでしまう。なんとかなさい」
そう言って、食事を下げに来たロボットを部屋から追い出す。
パタパタパタパタ……。
足音から、やっと追い払えた息子たちの幻影がやって来る。
家のなかを動き回っていた息子たちの足音がする。
いるはずなどないのに。
ここには、息子たちは来ないのだ。
私を必要とせず、愛してくれない息子たち。私を通して金を見る息子たち……。
私が会いたいと願う、あの頃の息子たちはもういない。
パタパタパタパタ……。
「あぁぁぁぁぁぁああ!!!!」
うるさいうるさいうるさいうるさい!!
もう、私の心を乱さないでくれ。お願いだから。孤独も憎しみも、もう感じたくなどない。幾ばくかの残り時間を穏やかに過ごしたいと望んで何が悪いのだ。
ロボットの足音が一つ、また一つと消えていく。
そして、足音は一つだけになった。途中、ガシャンという金属音がしていたからバラバラになっているのかもしれない。
まぁ、いい。これで、これでやっと静かに──。
パタパタパタパタ……。
「あぁ、まだうるさいわ。不整脈が、不整脈が……」
一体のみになったであろうロボットは、私の胸にマイクを貼り付けた。そして、ロボットの何かに接続している。
「何をしているの?」
『胸の音を、集音機器に接続しました』
「なぜ?」
『あなたの胸の鼓動を聴くためです』
それだけ言うと、ロボットは動き出した。私の胸の鼓動音と足音を一致させながら。
とっ、とっ、とっ、とととっ……とっ、
とっ……とっ、とととっ……、
とっ、とっ。
パタッ、タッ、タッ、パタタッ……タッ、
タッ……パタッ、パタタッ……、
タッ、タッ。
私の、とっと……となる胸の鼓動に合わせたロボットの動きは、まるで踊っているかのようだ。何て、滑稽な動きであろう。
これでやっと本当に静かになった。私は目を閉じる。そこには、何も浮かんでこない。私の何よりも大切であったことも何もかも……。
パタッ……、タッ…………、
パタタッ……タッ、タッ……、
パタタッ…………、タッ……、タッ。
ロボットの足音が聞こえる。私の鼓動に合わせて。
とっ………………、
ととっ…………、…………とっ。
パタッ………………、
パタタッ…………、…………タッ。
鼓動と共にロボットの動きが不規則なまま、ゆっくりとなっていく。
今になって足音が、誰かがいると感じられることに安心感を覚えるとは……。
タッ………………、パタッ………………、
パタタッ……………………。
地下にいるから、時間ももう分からない。けれど、ついさっきロボットが動き出したということは朝なのだろう。
パ……タッ……………………………、
タッ………………………………。
────────────。
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