18話 オリバーとジェイド

 

 雨が降り続ける庭を窓際に立つジェイドは見続けている。今頃、彼の義弟オリバーはどのように過ごしているのだろう。貴族として生まれた弟は、どうやって食事を得て、暮らしているのであろう。この冷たい雨の中、凍えているのではないだろうか。

 そう考えるとジェイドの口元には自然と笑みが浮かぶ。

 思い返せば、初めて会った日からジェイドはオリバーが嫌いであった。その思いは彼と同じ屋敷に住む日々の中でどんどん募っていった。今では憎んでいるといっていい。


 同じ父を持ちながら、オリバーとジェイドは異なる存在だ。母が偶然にもゴードンの目に留まり、生まれたのがジェイドである。だが、引き取られたのはオリバーの母エレノアが他界してからのこと。それまでは狭い借家で庶民と同じように暮らしていた。

 母や姉はいいとジェイドは思う。だがジェイドは男爵家の生まれであり、伯爵家の現当主であるゴードンの血を継いでいるのだ。まるで平民であるかのような扱いに不満を持ったまま、コリンズ家を訪れたジェイドはオリバーと出会った。

 

 柔らかな淡い金の髪に、桃色の瞳を持つ同い年だという少年が美しく微笑み、ジェイドに握手を求めた。

 そのとき、ジェイドは抱いたのは激しい敗北感だ。母や姉を見下し、自らは優れた血を引く者と信じたジェイドが初めて出会った弟は本物の貴族であった。


父ゴードンは息子であるジェイドに貴族に相応しくない生活を強いた事、出会う度に気付く器の小ささ、ジェイドからすれば愚かであった。そのため父ゴードンがジェイドの自負を揺るがすことはなかった。


だが、オリバーは違った。

 出会った瞬間にジェイドは自らを彼より劣る存在だと感じた。優雅に笑みを浮かべるオリバーは自分を内心では笑い、見下しているのだろうと羞恥心で顔が熱くなった。

 その日からオリバーと自分との立場を逆転させるのがジェイドの目標となったのだ。



 雨はまだ降り続ける。ジェイドは雨がもっと降ればよいと思う。冷たい雨に打たれるオリバーが苦しむように。






*****




「凄い雨だねぇ、でも植物には恵みの雨だよね!」

『オレ達にとってみりゃ違うけどな。ここに空き家があって良かったなぁ』


 雨はどんどん強さを増している。そんな中でも呑気なオリバーはコナンと共に空き家で雨を凌いでいた。雨が激しくなる前にこの小屋に近い空き家を見付け、避難したのだ。おかげで少ししか濡れずに済み、今はこうしてのんびりと2人で休憩中だ。


 バッグからなにやら取り出したオリバーがコナンにも差し出す。それは干し肉とパンである。乗合馬車で出会った冒険者が何も持たないオリバーに分けてくれたのだ。すぐ近くの街に帰るため、オリバーに分けても問題がないとのことでありがたく貰った。その話を聞いていた他の乗客も、少年を案じて様々な物を分けてくれた。そんなこともあり、今のオリバーのくたびれた革のカバンはぱんぱんである。


 『お前は本当に人に物を貰うなぁ…』

 「みんな、優しいよねぇ」


 雨は相変わらず、地面を濡らし続ける。干し肉を噛みながら、ぼんやりと2人は外を見つめる。オリバーの桃色の瞳はどこか遠くを見つめているかのようだ。コナンはオリバーに尋ねたいことがあった。


それはこの旅をいつまで続けるかということ。仮の居場所でも構わないので、どこかに定着した方がオリバーの心身の発達には良いのではとコナンは思うのだ。

 それを話す機会を得られないまま、旅を続けてしまった。旅の中でオリバーは誰かと出会い、その桃色の瞳で幸せを掴む手助けをしてきた。だが、コナンとしてはオリバーが幸せになる、それが願いなのだ。


 もうすぐオリバーは成人する。成人すれば親の庇護下から離れ、自由が得られる。現在でも結果的にはその状況に置かれてはいるが、国を出るにも職を得るにも親の許可がいる。その違いは大きい。

 オリバーの横顔を見つめながら、コナンは彼の未来を思うのだった。 


 「あ!」


 そう言ったコナンが雨が降る外へ、突然走り出す。コナンが視線を外に向けるとふらつきながら歩く一人の男がいる。オリバーはその男の元へと近付いていく。

 困っている者を放っておけないのはオリバーの優しさではある。その小さな背中を見つめながら、コナンは深いため息を付くのであった。


 


*****




 ふらつく男を支えながら、雨に打たれながらオリバーはゆっくりとこちらへと戻ってくる。こんな時、コナンは自分自身を不甲斐なく思う。目の前にいるオリバーの力になることが出来ないのだ。

 ゆっくりと足を進め、なんとかこの空き家へと2人が入ってくる。


 「大丈夫?自分で椅子に座れる?」

 「あぁ…なんとか。すまないな、君」


 椅子に座った男はそのまま机に突っ伏すように顔を伏せる。余程疲労が溜まっているのだろう。そんな男が落ち着いて話せるまで、オリバーは待つ。

 しばらくすると男が顔を上げ、オリバーに礼を述べる。


 「ありがとう。私は冒険者のアランだ。足をくじいたところで雨に降られてな。体力を削られていたこともあり、このざまだ。おかげで助かったよ」

 「僕はオリバー、ここは空き家みたい。僕らも偶然、ここを通って雨宿りしてるんだ。こっちはコナンだよ」

 「白い狐…?めずらしいな」


 そう言って床に座るコナンを見たアランは再び少年に視線を戻し、驚愕する。


 「桃色の瞳…!…君は、君はコリンズ家の者か?どうしてこんなところに…」


 アランの言葉にオリバーは何と説明すれば良いのか悩む。そもそも、家を追い出された身でありながらコリンズ家を名乗っていいのかオリバーとしては迷うのだ。

 だが、コナンは気を引き締める。オリバーの桃色の瞳を見てコリンズ家の生まれと言い当てたこの男は間違いなく高位貴族であるのだから。




*****



 「…そんな感じで僕、家を追い出されちゃったんだよね」

 「あり得ない…」


 呑気なオリバーはあっけらかんと語るがアランは頭を抱える。そもそも、成人前の貴族の子どもを追い出す事があり得ない。なぜか運よく、この少年は無事であるが通常は生活自体が困難で、悪しき心の者達に利用されていただろう。


 「オリバー、それで君はこれからどうするんだい?」

 「うーん、僕もうすぐ誕生日で13歳になるんだ」

 「そうか、それは大きいな」


 その言葉にアランは納得する。親元を離れたオリバーも成人すれば、親の許可がなくとも自由に働ける。この国では13歳を成人とし、労働が可能である。婚姻や酒などは15歳であるが、それ以外の多くの事が可能となるのが13歳なのだ。そのため貴族の社交界デビューも13歳となっている。

 つまり、13歳となったオリバーをこの土地に縛りつけるものは何もない。

 それを聞いたアランは深いため息を付く。この少年にとってはそのほうが良い。だが、国全体の事をついアランは考えてしまうのだ。


 『…オリバー、この男は貴族だぞ。気を許すなよ』


 コナンが忠告をする。アランというこの男、一見すると冒険者のように見えるが生まれは貴族であろう。それもコリンズ家の桃色の瞳を知るだけの歴史ある家の生まれだ。その価値を知られているという事は、オリバーの事を他の者に報告し、都へと戻す可能性があるのだ。

 愚かなコリンズ家の者はオリバーの瞳の価値に気付いてはいないのだから。


 「13歳になったらどうしようかはまだ考えてないけど…コナンと相談して決めるよ!」

 『バカ!余計な事言うんじゃねぇ!』

 「コナン?あぁ、その白い狐か」


 オリバーの言葉にアランは少し笑みを浮かべる。それは子どもらしい考えに聞こえた。長く旅をするには心の支えが必要であっただろう。話さない狐に語り掛けながら、孤独を紛らわせて、長い旅路を歩んできたのだろうとアランはその健気さに胸を打たれた。ただの狐を自分の友としているのだろうと。


 白い狐は考えている。どうすれば、目の前の男からオリバーを守れるかと。非力な彼であったがただの狐ではない。オリバーを、彼にとっての家族を守るために自分に出来る事をひそやかに考えていた。




*****




 「招待状の宛名がオリバーであったというのか?」

 「は、はい」


 家令が差し出した王家よりの招待状を見たゴードンは首を傾げる。その手紙は当主であるゴードンでも後継者であるジェイドでもなく、オリバー宛に届いたものだ。

 招待状が届いた理由自体はゴードンにもわかっている。社交界デビューは13歳であり、貴族であるジェイドにもオリバーにも届いておかしくはないだろう。オリバーを参加させるかはさておき、届いたことは不思議ではない。問題はジェイドへの招待状がないことだ。


 「何かの間違いではないのかしら?あるいはジェイドとあれを間違えたとか」

 「あぁ、それはあり得るな」


 同じ家に社交界デビューをする子どもが2人いるのは稀である。であれば、向こうの間違いであるとゴードンもディアーナも当然のように考えた。

 それよりも大事なのは、社交界デビューを果たすジェイドの事だ。この日のためにジェイドのために誂えた服や靴、息子の晴れ舞台へと屋敷全体の気持ちがそちらへと向いていた。



 彼らは様々な間違いを犯した。その中にはオリバーの忠告を聞き入れていれば、回避できた問題もあった。それ以前に、粗雑にオリバーを扱っていなければまた違う未来があったかもしれない。だが、それも全て過去であり、起きてしまった事は今更どうすることも出来ない。


 そして今、彼らは最後の過ちを犯した。

 これが自分達の未来を決めてしまうものとなるとは気付かない彼らは、人生最良の時間を過ごしていた。


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