第26話 全能 無双 完全無欠①

 「なーんかさ。最近暗い所ばっか歩かされてない?」


 トンネルに入ってしばらく進んだ後、湊が呟く。進めば進む程、入り口の光が届かなくなり暗闇が深くなっていく。明かりは足元を照らすスマホのライトのみ。おまけに地面は木の根で埋め尽くされていて足場が悪い。各自慎重に歩いていたのでまた数メートル程しか進めていなかった。


 「わかってねーな湊。何事もうまく行かない暗い時期はあるもんだぜ。それでも俺達は歩みを止めないで進み続ける。そうすればいつか明るい場所に辿り着ける。って母さんが言ってた。だから黙って歩けな。」


「・・・・そう言う事じゃなくて私が言ってるのは『目が効かない道』を歩かされるの多いって話。言いたい事が先行し過ぎじゃない?無理矢理良い事言おうとしなくて良いよ。」


「なんだと~?でも俺今良い事言ったよなぁ?真奈美さん。」


「うん。とっても良い考えだね。」


「だろ~。」


 ガハハと笑う夏樹の声がトンネルに反響する。

トンネルに入ってから真奈美は会話に参加するようになった。湊や夏樹は何事もなかったように受け入れている。ともあれ仲良くやってるのは良い事なので翔も特に言及はしなかった。


「夏樹が調子乗るから真奈美さんも甘やかすのやめてよ。あー早くトンネル抜けたい。」


「抜けられないよ。ここは無限回廊。」


 湊が愚痴を溢した時だった。聞いた事も無い声が聞こえた。違和感しかない印象に残る声だった。発した言葉から成人した男女二人分の声が聞こえる。気味の悪い感覚だった。


 「誰だ?」


 翔が質問をしたと同時だった。後方、入り口付近からズシンと地面を揺らし大きな音が鳴り響いた。四人が振り返るとトンネルの入り口を塞ぐ大きな壁ができていた。逃げ道が塞がれたのも問題だが、もっとも大きな問題は僅かな光すらも完全に遮断され、視界の効かない闇の中に取り残された状況だ。

 

 「君達だろ?我が同胞が支配していた一層を消し払ったのは。ここは聖域なんだ。むざむざ土足で入って来たと思えば礼儀も知らず、好き勝手荒らしまわって。」


 怒っている様だが、声を荒げている様子は無かった。退屈だったのか夏樹が欠伸をした。


 「なぁ。暗くてなんも見えないんだけど。こっからどうす─────。」


「今私が喋ってるだろ!お前は誰かが喋ってる時勝手に喋って良いと教育されたのか!」


 夏樹の対応に激怒した声の大声は凄まじかった。スピーカーを持って耳元で叫ばれたような。一瞬鼓膜が破けたんじゃないかと錯覚するほどの衝撃が四人を襲った。


「ああ。今は大声を上げて怒るのは虐待になるんだっけ。何故?相手を思って全力で怒ってあげるのは愛のはずなのにどうして?世間はいつも私を否定する。認めない。私はただ貴方達の事を愛しているのに。そんな世間と戦いながら頑張ってる私の言う事をお前たちはいつも聞かない。期待にも応えない。一体何ならあるって言うんだ?言葉で言ってわからないなら体で分からせるしかないじゃない。殴るしかないじゃない。閉じ込めるしかないじゃない。裸で外に放り出すしかないじゃない。・・・殺すしかないじゃない。」


 「んだよ。急に大声出したと思ったらよぉ・・・何言ってんだこいつ?」


 「理解し無くて良い。」


 翔の額に血管が浮き出る。此処がどういう場所なのか何となく理解したからだ。彼の拳は指が掌の中に食い込み続けて震えていた。


 「聞くに値しない意見だ。反吐が出る。」


 「そんなことない。」


 翔の発言に誰かが返事をした。今度は同い年位の声だった。当たり前だが湊、夏樹、真奈美では無い。先ほどまで喚ていた成人男女の混ざった声でも無い。翔が声の主を探そうとした時だった。


「そんなことない。」「そんなことない。」「そんなことない。」「そんなことない。」

「そんなことない。」「そんなことない。」「そんなことない。」「そんなことない。」


 壊れたラジオの様にその言葉が繰り返される。


「もしかして・・・。」


 何かを感じっとったのか、湊がスマホのライトを天井に掲げると、天井に吊るされた人形がジッとこっちを見ていた。薄ら笑いを浮かべ、黒いクレヨンで塗りつぶした様な目が気持ち悪い。今もなお同じ言葉を繰り返し一行を見下ろしていた。


「そうよね。貴方達もこの四人を許せないと思うでしょ?それじゃあ私が喜ぶように歓迎してあげて。」


 男女の合わさった声に合わせて木の根がブチブチちぎれる音が鳴り、四人の周囲にドサドサと人形が落ちてきた。辺りは真っ暗。四人は状況を視認できていなかったが、音だけで最悪の状況だと悟る。


「大丈夫。私は貴方達だけに手伝わせることはしないから。ちゃんとこの四人を始末する手助けをしてあげる。」


 今度は四人の足元に風が吹いた。足元を照らすと地面を這っている木の根から紫色の煙が勢いよく噴出されていた。このタイミングで用意された物。間違っても普通の煙では無いだろう。


「薄々気づいてると思うけど、その煙は勿論毒。神経に作用する物で、数十秒でも吸い込めば体の自由は効かなくなる。地面だけじゃなくて天井やトンネルの両脇からも噴出されている。逃げることが無理なのは馬鹿なお前たちでもわかるだろうね。大人しく死になさい。」


 翔は確信した。一層とは全てが違うと。一層の階層主、斎藤実千佳さんは強力な力を持っていた。その気になれば俺達を一瞬で殺せるような。だがそうならなかった。それは彼女がとても優しく、そのつもりが無かったから。だが今回は違う。

逃げ場の無い空間、視界封じ、全方位から迫る毒と人形。確実に俺達を殺しに来てる。太陽を取り返す本当の戦いが始まったのだと深く自覚させられた。


 だが・・・それほど恐怖は無かった。迫りくる毒、周囲を囲う人形の群れ。明確な死と数センチの距離にあるハズなのに。翔だけでは無い。他の三人も狼狽える様子は無く堂々としている。それは決してでは無かった。


 「トンネルに入る前に話した展開になったね。真奈美さん。」


 翔に向かって二体の人形が同時に襲い掛かる。暗闇からの奇襲。見えるハズの無い暗闇の中、人形たちは迷うことなく翔に向って行く。当たり前だが、人形達の視界は暗闇の中でも機能している。右手に持った包丁を翔の心臓に向かって突きさそうとする。


 しかし、翔はひょいと最小限の動きだけで避けて見せた。そして十字架の剣を取り出し、二体の人形を切り裂いた。翔の斬撃は見事に急所を捉え、切られた人形は地面に飛び散ったまま動かなくなった。


 「そっちが本気で殺しに来るのは構わない。けどさ・・・。」


 翔はさっきかけた眼鏡を中指で抑えながら続ける。


 「俺達だって万全状態で戦うのはこれが初めてだったりするんだぜ。簡単には負けねーぞ。」


 「それじゃあ手筈通りに動いて。そうすれば百パーセント勝てるから。」


 真奈美が自信しかない表情で言い切った瞬間、人形と毒煙の塊が四人に襲い掛かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜奪還戦 雛七菜 @nanana015015

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ