第25話 第二層へ①

 ハレの作った火の玉前で三人が温まっていると、ザッ、ザッと足音が聞こえた。

四人が音のを方を見る。黒く長い髪、胸に赤いリボンのある長袖の黒いセーラー服。首元に巻かれた水色のマフラーに一度高校生と間違えた発育の進んだ体。翔が雲の上でもっとも頼りにしていた少女、真奈美が到着した。


「待ってたよ。今日もよろしくね。」


 翔が真奈美の元に駆け寄った。


「・・・・うん。遅くなってごめんね。今日はよろしく。」


 真奈美はそれだけ言うと翔を通り過ぎて、ハレの方に向って行った。


 ・・・・大丈夫なのか。


 翔が真奈美の顔を見て気づいた事があった。初対面の時に比べて目の下のクマが濃くなっていた。何か寝れない原因があるんだろうか。

・・・あるに決まってるじゃないか。

 思い出すのは真奈美の痣だらけの体だった。


「真奈美さーん。今日も俺頑張っから!うまく行ったら褒めてくれよ!」


「貴方の事頼りにしてるから今日もよろしく~。」


 夏樹と湊がここら一帯に聞こえる声量で呼び掛けた。けれど真奈美は二人に返事をしなかった。


「全員揃いましたね。それでは集まって下さい。」


 翔、真奈美、夏樹、湊。全員が揃ったので、雲の上に行く準備を始める。注意事項等はハレがあとで直接脳に送ると言ったので、特にやることの無い彼らは自然と雑談を始めた。


「俺と湊、何で真奈美さんに無視されたの?」


 夏樹が小声で翔に話しかける。


「あ、それ私も思った。」


 俺達の話を聞いて隣に居た湊も会話に参加する。翔の心に少し黒い靄が舞った。


 まいったなぁ。本人の居ない所で、人を下げる話題に繋がりそうな会話は嫌なんだけど・・・。


 翔は真奈美の方をちらりと見る。三人から距離が離れていたのでこの会話は聞こえていないようだ。


「疲れてたんだって。さっき無視したのも反省してたよ。あとで謝ってくれるんじゃない?」


 翔が事を大きくしないよう当たり障りのない嘘を言う。翔も真奈美の対応の真意を知らないのでこんな対応しかできなかった。夏樹が「ならしゃあねぇか~。」と納得してる横で、湊が納得いかない表情を浮かべた。


「なら直ぐ謝りに来ない?普通に考えてチームの輪を乱す事する?」


 彼女は正しい事を言った。翔は湊のこういう部分が好きでは無い。常に自分本位で考え、相手の立場になって物を考える気が無い。彼女の事情を知らないのを差し引いても、その気質故雲の上で揉めかけた。


 『そもそも湊ちゃんも大分輪を乱してたけどな』そんな言葉も翔の内側に浮かんだが、

 

 今から一緒に戦う俺達が無駄に揉めるのはまずい。言いたい事を我慢せず言うと決めたが、感情のまま好き勝手喚くのは下品だ。


…と翔は言葉を飲み込んだ。


「後は単純に聞こえて無かったのかも。」


 だから、また当たり障りのない発言で濁した。


「あの声量で?病気じゃないの?」


「いやいや・・・。ほら真奈美さん目の下クマが凄かったし・・・寝不足なんだよ。そのせいで集中力落ちて気づかなかっただけ。二人はそういう時無い?」


「確かにあるな。」


「私は無いけど。てかそれが本当なら、ちゃんと寝てから来ないと駄目でしょ。次の日何があるかわかってるんだから。」


「・・・・とにかく、俺が言いたいのは真奈美さんに悪気はないって事。目的は同じだから大丈夫だよ。」


「意味わかんない。」


 翔は湊の捨て台詞に溜息をつきたくなるのをぐっと堪えた。


 やっぱり考え方が違うとお互いは理解し合えない。話しても疲れるだけで得られる物は何も無い。一旦揉め事を回避できたが、翔にはまだやる事があった。会話を終えると、今度は真奈美の所に向かった。


「いよいよだね。俺は雲の上行くの結構怖いんだけど真奈美さんも怖い?」


 真奈美からの返事は無い。翔の方を見ずにただ正面だけをみていた。


「そういえばママって呼ぶようにしてたんだっけ。ごめんごめん。冗談じゃなくて俺結構ガチで言ってたからちゃんと行動で示さないとね。だから返事してくれなかったのか。」


 少しふざけながら真奈美に問いかけるが、やっぱり真奈美からの返事はない。


「あの二人無視されて寂しそうだったよ。だから・・・あの二人は無視して良いけど俺の無視はこれからはやめてね。」


 ボケて見ても、真奈美は少しも表情を崩さなかった。


「・・・・真奈美さん。」


 翔はふざけた雰囲気をやめて、真剣に真奈美を呼び掛けた。


「困ったことがあったら言って欲しい。少なくとも俺は仲間だと思ってるから。今日も頑張ろうね。」


 その呼びかけに真奈美はやっと翔の方を向いた。相変わらず無言だったが、ニコっと笑みを見せた。本当は彼女の悩みを聞いて、理解して、解決するのが一番だと翔は理解していた。けれど彼には自信が無かった。自分一人の力で友達を助けられなかったから。覚悟を持たずに手を無理矢理引っ張って中途半端な手助けを自己満足の為に行う。正に鬼畜の所業に勝る愚行だ。だからせめて彼女が手を伸ばすのを待ちたい。今できるのはその手を取る準備くらいだろう。


「準備が終わりました。そろそろ行きますよ。」


 貴方達が悩んでいようと試練は唐突にやってくる。人の成長を理不尽も問題も待ってくれない。我々は皆悩みながら進むしか無い。・・・・でしたっけ。


 四人の頭の中にハレの声が響く。直接脳に情報を飛ばしたのだ。不覚にも翔はハレの言葉に勇気づけられてしまった。戦争が楽しいと言ってしまう無神経な奴の言葉に一喜一憂したくないのに。


「だから今回は激励の意味を込めてこの言葉を直接言わせてください。」


 ハレは四人を一人一人見つめ口を開く。


「明日の価値を証明しろ。」


 直後四人の姿が光り輝き、白い粒子となり、雲の上に吸い込まれて行くように登って行った。


「さて、頑張ってくださ──────」


 ハレの言葉は途中で途切れた。背中に何かが刺さって突然息ができなくったのだ。ゆっくり背後を見ると、人の握り拳も入らない程密着した距離に成人女性が立っていた。手にはギュっと包丁が握られていて、ハレの服の胸から肩部分まで血の色がじわじわと染めていた。ハレはその人物を知っていた。だから聞かずにはいられなかった。


「そう来ましたか。躊躇いもなく背中差すのは中々ですけど翔君が悲しみますよ。美羽さん。」


「私だっていきなり人の背中は刺さない。」


翔の母、美羽は更に力を込めて包丁を突き刺す。


「翔の様子がおかしいから付けてみたら変な事になってるし・・・・。貴方何者?人間じゃないでしょ?あの子達を何処へやった?」


質問に答える前にハレが口から血を噴き出し、ビタンと音を立てて倒れた。


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