第2話 傘の返却

 七月に入り天気も晴れた休日の朝。

 彼女、エーデルは小さな黄色い傘を持ちながら黒い日傘をさして穂高家へと向かっていた。

 相当な田舎道。地面はアスファルトではなく土でできている。

 そんな道を日の照った気温三十度を超す天気の日に彼女は穂高家へと続く道をノースリーブの白いワンピースを着て歩いていた。

 肩には薄っすらと汗が滲んでいた。

 街路樹の影に入るたびに涼しいと感じていた、彼女であった。

 そして、数分やっと石垣が見えた。その中に彼女は入っていった。

 玄関の横に『穂高』と書かれた表札があった。その表札の下にあるインターホンを彼女は押した。

 ――ピンポーン

「はい穂高です」

 以前電話で聞いた女性の声が聞こえた。護の母親だ。

「こんにちはエーデル・フランクです。まもる君の傘を返しに来ました」

「玄関開いてるから入っていいわよ」

「わかりました」

 彼女は玄関のドアを開け、家の中へと入る。

 家の中は冷房が効いていて外との温度差と汗をかいていることもあり、少し肌寒かった。

 ――ドタドタ

「護―、エーデルさん来たわよー」

 護の母親が廊下を歩きながら大きな声で護を呼んだ。

「いらっしゃいエーデルさん。さあさあ上がって、上がって」

「お邪魔しまーす」

 彼女は靴を脱ぎ、玄関に揃えて置いた。

 すると、廊下のドアが開き護が出てきた。

「こんにちは、まもる君」

 護はそばにいた母親の後ろに隠れた。

「コラッ! 護。挨拶しなさい」

 護は母の背中から顔を少し出すと軽く会釈をした。

「ごめんね、エーデルちゃん。麦茶あるから飲んでいって」

「そんな大丈夫ですよ」

「せっかく三木さんのおうちからここまで来たんだから喉が渇いたでしょ。それに護とも仲良くしていってちょうだいね」

「はいわかりました。それでは遠慮なくお言葉に甘えさせていただきます」

 護はそれを聞くとリビングへと走った。

 エーデルは護の母の後についてリビングへと向かう。

 すると、キッチンで三つのコップに氷を入れている護の姿が見えた。

「ありがと、まもる君。えらいね」

 まもるは彼女の顔を見ながらはにかんだ。

「あら護こんな時だけ手伝うのね」

 護の母は手を口に当てて笑っていた。

「さっ、エーデルちゃんそこに座って待ってて」

「あっわかりました」

 彼女は座布団がそばに置かれた正方形の座卓へと案内され、正座で座って待つことにした。

 そして、護がお盆に麦茶の入ったコップ三つをそーっと運んでいるのを彼女は見た。

 それを護の母は見て、エーデルの向かいの席に座った。

 護はコップを座卓に置くと母親とエーデルの間の席に座った。

「ありがとうね、まもる君」

 護は何も言わず会釈だけをした。

「まもる君あの時は本当にありがとう。あの時本当に困っていてスマホも家にわすれてたからどうしようかと思ってたんだ」

 そこでようやく護は口を開いた。

「お姉ちゃんが困ってたから。困っている人がいたら助けてあげなさいってお父さんが言ってたから」

「そうなんだ。えらいね、まもる君は」

「家もすぐ近くだから大丈夫だったよ」

「嘘おっしゃい、護ずぶ濡れだったじゃないの」

 護の母は笑いながら言った。

「ごめんね。なんか心配かけたみたいで」

「全然、平気だったよ」

 護はニコっと笑った。

「そうだ、エーデルちゃんうちでお昼食べていきなさい」

「そんな、傘のお礼をしに来ただけですから」

「いいから食べていって。私がそうしたいのだから遠慮しないでいいのよ」

「食べなよ、お姉ちゃん。お母さんの料理おいしいよ」

「どこでそんなおべっか覚えたの。まあこの子ったら」

「わかりました。食べていきます」

 三人とも笑っていた。

「それじゃあ作るわね。エーデルちゃんは何か食べれないものある?」

「特にないですよ」

「わかったわ。じゃあ護と話でもしてくつろいでいてすぐに作るから」

「わかりました。ありがとうございます」

 エーデルと護は護の母が料理をしている間、談笑することにした。

「そう言えば、まだ自己紹介がまだだったね。私の名前はエーデル・フランク十八歳だよ。三木さんのおうちで今は暮らしているの。まもる君は何年生」

「小学四年生だよ。エーデルお姉ちゃんはいつからこっちにいるの?」

「六月からだよ」

「いつまでこっちにいるの?」

「来年の三月末までかな」

「そうなんだ」

「うん。しばらくはこっちで過ごして、ドイツに変える予定だよ」

「ドイツ?」

「ここからだと遠い国だよ」

「ふーん。わかんないや」

「車とか好き?」

「あんまり興味ないかな」

「じゃあわかんないね」

 少し間が空いて、二人は同時に笑った。

 そうしていると、護の母が大皿を持ってキッチンから座卓へと現れた。

「昼食は穂高家特性ダレのかかったピリ辛冷しゃぶサラダよ」

 大皿には彩り豊かな甘辛そうなタレのかかった料理があった。

「おいしそうですね」

「おいしいよ」

「ご飯も持ってくるわね」

 そう言って、護の母は大皿を座卓に置くとすぐにキッチンに戻りご飯を盛るとすぐにお盆に乗せて、エーデルたちの目の前に置いていく。

「さあ食べて、食べて」

「いただきます」

「いただきまーす」

三人は中央に置かれた箸立てから割り箸を取ると冷しゃぶサラダへと箸を伸ばし食べた。

「本当においしいですね。ちょっとピリ辛で夏にぴったりな料理です」

「あら、嬉しいわ」

 護は黙々と料理に手を伸ばし食べていた。

 そこから、エーデルと護の母との談笑が始まった。

 護はそれを横目に見ながらご飯を食べる。

 ご飯が食べ終わった後も二人の談笑は続いた。

 そこにたまに護も参加して話をしていた。

 気付いた時には時計の針が四時を指していた。

「もうこんな時間ですね。そろそろ帰らないと」

「あらそうね。エーデルちゃん今日は楽しかったわ」

「いえいえ。こちらこそご飯まで頂いてとても美味しかったですし、楽しかったです」

「お姉ちゃんまた遊ぼうね」

「うん。じゃあまたね」

 彼女はそう言うと穂高家を後にし、微笑みながら三木家への帰路に就いた。

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