美桜と大切なもの 2018/12/15(Sat)

 玲奈たちが西園寺家に美桜このおとこを招いていたのは幸いだった。

 外だったらきっと余計な騒ぎが起きていた。

 小百合さん一人では守り切れなかったかもしれないし、男という特権階級を利用して玲奈が悪者に仕立て上げられたかもしれない。


「念には念を、と、敢えて家に招き入れたのです」


 美桜(真)の記憶処置は梟森先輩に任せるしかない。

 わたしは小百合さんの勧めで軽食をいただくことにした。考えてみると結局お昼を食べ損ねている。安心したのもあってお腹が悲鳴を上げてしまったのだ。

 恋と玲奈も一緒に焼き菓子をつまんでくれる。

 三人並ぶと狭いのでわたしと恋が隣同士、玲奈がお嬢様らしく向かいに。

 給仕をしてくれている小百合さんも小さく頷いて、


「本来であれば怪しい男を屋敷に入れることはありませんが──」

「屋敷内であれば使用人の数に融通がききますので」


 本来は玲奈のお母さんにつくことの多い菖蒲さんを伴うこともできた。

 ここで恋が首を傾げて、


「でも、玲奈ちゃんよくわかったね? この人が悪い人だって」

「あれ、恋と相談してたわけじゃないんだ?」

「そんな暇なかったよ。美桜ちゃんのことで大事な話があるって呼び出されただけだもん」


 タイミング的には先輩の家を出てすぐ恋たちに連絡したようだ。

 連絡先はどこから漏れたのか。

 単に記憶していた可能性もあるし、小学校時代のクラスメートを誘惑して聞き出したのかもしれない。

 玲奈は深いため息を吐いて、


「これまでの動向を見れば彼が信用できないことは明白です。美桜さんも相談してくださったではありませんか」

「え、じゃあわかってなかったの私だけ!?」

「恋も一人で行動しなかったじゃない。それだけで十分だよ」


 玲奈のホームに招かれるのは男としてもやりにくかったに違いない。

 あるいは「信用されている」と勘違いしたか。


「……本当、二人が信じてくれて嬉しい。わたしは二人にひどいことしたのに。あためてごめんなさい、ずっと黙っていて」

「気にしなくていいよ。こんなの言えなくて当たり前だもん」

「ええ。むしろ、この男の言動に触れたことで美桜さんの誠実さを実感いたしました」


 美桜(真)は「自分こそが香坂美桜だ」と明かし、証拠を提示しながらも口調を崩さなかった。

 根本的な人柄を信用できないと感じた恋と玲奈は細かく相談している暇はなかったものの、トイレに行くと言って僅かながら意見のすり合わせを行った。

 わたしにも話を聞いて、その上で判断しようと。


「既に申し上げました通り、美桜さんのこれまでに悪意や下心があったとは思いません。あなたはあなたなりに精一杯、美桜さんとして過ごして来られました」

「むしろちょっとやりすぎなくらいだよね?」

「ありがとう、玲奈、恋」


 あらためてお礼を言うと二人は「今更」とばかりに笑った。


「美桜ちゃんが男の子に興味なくなった理由もこれでわかったよ」

「……あはは。えっと、うん。まあ」

「ですが、そうなると逆に疑問もあります。男性というのは過度に女性を求めるものなのでは?」


 西園寺家があれから調査したところによると彼はここ一ヶ月ほどで何人もの女性と関係を持っていたらしい。

 元女の美桜が男の身体に入っただけでそうなるのだ。玲奈がそう思うのも無理はない。

 雄として欠陥品なんじゃないの? みたいに言われるとちょっと心外だけど──まあ、うん。実際そういう部分もあったのかなって最近は思うし。


「身体に引っ張られたのと、それから、わたしとこの人はもともと『入れ替わるべき人間』だったのかもね」


 魂に性別があるとして、わたしはそれが女で美桜は男だったのかもしれない。


「けれど、この男は入れ替わった先で道を誤った」

「ねえ、玲奈。この人がどうやってこの世界に帰ってきたのかって知ってる?」

「いいえ、そこまでは」

「美桜には言ったけど、向こうの魔術師を頼ったんでしょう」


 答えたのは梟森先輩だった。


「向こうの世界では魔術がこちらほど廃れていないのかしら。少し興味があるわ」

「でも、先輩。向こうは世界の半分が男ですよ」

「前言撤回。絶対に行きたくないわ、そんな世界。女の子にしか興味のない絶世の美少女とか、清らかで真っすぐでヒロインみたいな美少女とか、えっちなことが大好きなゆるふわJKとかがいるなら話は別だけれど」


 そんな都合のいい存在、そうそう転がっているわけがないと思う。


「良かったじゃない、美桜。これでもう、あなたを脅かす存在はいなくなったわ」

「……そうですね。わたし、ここでこれからも生きていていいんですよね」


 美桜(真)がわたしたちのクラスメートを何人か落としている可能性はある。

 わたしについてあることないことマスコミにリークしたりとかもあるかもしれない。

 でも、香坂美桜との思い出をたくさん持ってる恋や玲奈ならともかく、一般の人が「香坂美桜の中身は男子高校生」とか言われたって信じるわけがない。

 そもそも証拠を示せる当人が記憶を絶賛消されているわけで。

 しみじみと、これでもう、入れ替わりに怯えなくていいのだと思い、


「美桜ちゃん? どこにも行かないよね? いなくならないよね?」


 恋にぎゅっと手を握られた。

 見れば玲奈もまた心配そうにこっちへ視線を送ってきている。


「行かないよ。……行くわけないよ。だって、わたしはここが好きなんだから」


 異世界に逃げる気なんてないし、浮気する気もない。

 それはまあ、女の子は好きだし、ハーレム願望とかもなくはないけど。だからって恋や玲奈を悲しませるようなことは絶対にしたくない。


「約束する。わたしは恋と玲奈のそばを離れない。二人が嫌って言うまで一緒にいる」

「美桜さん……」

「美桜ちゃん……。うんっ、私もだよっ!」

「あらあら。美桜? あなたの本心からの約束はそれだけで魔術的意味合いを持ちかねないわよ?」

「構いません。むしろ、その方がいいくらいです」


 わたしはこの世界で生きていく。これからもずっと。

 まだまだやりたいことはいっぱいあるのだ。

 声優としてのまともなデビュー作が世に出るのを見届けたいし、女子高生というやつにもなってみたい。


「恋。玲奈。これからもよろしく」


 また泣き出しそうになりながら告げると、玲奈が感極まったようにテーブルを迂回してわたしに飛びついてきた。

 お嬢様なのに。

 小百合さんを見ると、むしろ「これが見たかった」とでも言うように涙ぐんでいた。目が合うと「グッジョブです」とでも言うように見つめ返してくれるので、彼女的に元男が中身でもOKらしい。いや、うん、わたしは自分としてはもう女の子のつもりだけど。

 菖蒲さんはふっと笑って、


「いかがでしょう、お嬢様。今のうちに美桜様と婚約を結ばれては」

「……なるほど。では、そういたしましょうか、美桜さん?」

「え。うん、構わないけど、中学一年生で婚約かあ」

「あー、ずるいよ玲奈ちゃん! 私も美桜ちゃんと婚約したい!」

「ですが恋さん。わたくしは西園寺家の長女。配偶者を必要としている身分です。こればかりは譲るわけには参りません」

「でしたら恋様。恋様も美桜様と婚約なさればよろしいかと」

「え? そんなことできるんですか?」

「婚姻と異なり、婚約は役所に届け出るものではありませんので。約束するだけならば特に問題ないかと」


 複数結んだら婚約する意味もなくなるような気もするけど。

 玲奈は玲奈で「では恋さんとも婚約しておきましょうか」とか言い出したのでこれはこれでいいのかもしれない。

 言ってしまえば「大きくなったら結婚する!」みたいなもの。

 今この時、誓うことに意味がある。


「うん。じゃあ、しよう。婚約」


 自分を縛る誓いの鎖をひとつ、わたしは自分の意思で掴んだ。

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