美桜と美姫(その2) 2018/8/28(Tue)

「写真集ですか?」

「はい。弊社では今度出版する美姫さんの写真集にぜひmioさんもご出演いただければ、と考えております」


 今日は出版社での打ち合わせ。

 しかもわたしとお姉ちゃんをセットでのご指名だ。なのでマネージャーさんも二人来ている。

 別の事務所からモデルを使うのは大丈夫なのかといえば、写真集は出版社が出すものなので特に問題ない。契約関係がややこしくなるものの、もしここができなかったらドラマとか映画はぜんぶ同じ事務所から出さないといけなくなる。

 とはいえ、モデルの写真集で単独じゃないのはわりと珍しいんじゃないか。

 わたしとお姉ちゃんの場合は姉妹なので喧嘩とか面倒な問題が発生しないと見越して企画したっぽい。


「わたしはあくまでオマケでお姉ちゃんがメインってことですね」

「はい。今回、mioさんには友情出演と言いますか、美姫さんの新しい表情を引き出す協力をしていただけないかと」


 そりゃそうだ。

 わたしじゃまだ単独写真集は無理だろう。出させてもらえるだけありがたい。

 多少なりともお金はもらえるわけだし。

 と、思っていたらお姉ちゃんが「ふーん」と相槌を打って、


「今回は、っていうことはもしかして……?」

「あ、はい。姉妹写真集で注目を集めたところでmioさんの単独写真集を出版させていただく……という企画を現在進めております。そちらも追ってご連絡差し上げることになるかと」

「そんな美味しい話があっていいんでしょうか……?」


 写真集に出られるだけじゃなくて自分の本も出してもらえるなんて。

 頬をつねりたい気分になっているとお姉ちゃんにつんつんされて、


「よかったじゃない美桜。私は分け前持ってかれる感じだけど」

「わたしの写真集も出してもらえるなら、一緒に出る分のギャラはわたしなくてもいいよ」

「ちょっと待って美桜ちゃん。あなたのお給料をどうするかはご家庭で話し合ってくれる? この場で『ギャラいらない』とか言われると事務所うちの取り分がなくなるから」

「あ、そうですよね。すみません。ちゃんと事務所にはお金入れたいです!」

「心配しなくても妹のお給料奪ったりしないわよ。私としても目立てるのは嬉しいしね」


 話はとんとん拍子に進んで、契約で揉めたり出版社側のドタキャンがなければ写真集が出版される運びになった。

 わたし、というかお姉ちゃんが出した条件はひとつ。


「使って欲しいカメラマンさんがいるんですけど、検討してもらえませんか?」

「なるほど。検討させていただきますのでお名前と所属をいただけますか」

「はい。鷹城さんという方で──」


 鷹城さんの名前が出た時はびっくりした。

 帰り道で「どうしてあんなこと言ったの?」と尋ねるとお姉ちゃんは「どうしてって言われても」と首をひねった。


「興味があったから一緒に仕事してみたいなーって」

「お姉ちゃん彼氏いるでしょ」

「いるけど。あ、もしかして惚気ていいの? 惚気て欲しいの? やった。あのね──」

「いらない。いらないから! ……もう、つまりカメラマンとしての興味なんだ」


 惚気話を慌てて止めて言えば「そりゃそうでしょ」とあっさりした返答。


「美桜が褒めてるから腕が気になっただけよ。あんただって鷹城さん相手のほうがやりやすいでしょ?」

「それはまあ、そうだけど」


 関係者からは「mio係」と言われているらしい鷹城さん。

 彼の撮った写真も酷評はされていない、というか好評なので腕も確かなはずだ。


「言っとくけど、あの人だって仕事でやってるんだからね? あたしも何度も会ってるし、あんたが関わらない案件だってばんばん入ってるんだから」


 歩きながら頬をぷにぷにされて、


「独り占めしたいんなら付き合っちゃいなさいよ」

「別にそういうのじゃないってば」


 じゃあなんなのかと聞かれると難しいけど、自己表現に関する師匠というかやりやすい仕事仲間というか、たまにラーメンとか連れていってくれる兄貴分というか。

 うん。なんかこう、ちゃんとした男女だったら恋愛に発展しそうな関係な気がしてきたのでやめよう。

 わたしは特に鷹城さんを男性としてどうこう、とは思ってない。


「でもよかったじゃない。これでまた仕事増えるわよあんた」

「うん。でも、どうして急にダブルなんだろうね?」

「急にってわけでもないんだろうけど、この前おばあちゃんち行った件の影響かもね」

「え、さすがに最近すぎない?」

「前から温めてて『良さげな時期にやろうね』って言ってた企画がこの前の件で『今だ!』ってなったのかもってこと」


 あ、なるほど。

 お婆ちゃんちに行った時に撮られた姉妹三人の画像はSNSに投稿されて一部で話題になった。話題になっちゃったなら黙ってても仕方ないとわたしやお姉ちゃんもそれぞれSNSにアップしたので「使える」と思われても確かにおかしくない。


「顔隠さなかったら美空も一緒に三人で、だったのかなあ?」

「どうかしらね。さすがに素人は使わないかも。でも、私は旅行の時に美空も顔バレしないかちょっとドキドキしたわよ」

「あはは。さすがに美空はまだそこまで有名じゃないんじゃない? ……半年後とかだったらわからないかもだけど」

「ネットでチェスとか将棋やってるだけでそんな簡単に有名になられたら私、ちょっと自信なくすんだけど?」


 まあ、わたしやお姉ちゃんだって知らない人はぜんぜん知らないくらいの知名度だしなあ。

 逆に言うと今でも美空のことを知ってる人は知ってるわけで。しかもそういう人はけっこうなファンの可能性が高いわけで。

 案外、妹が街で声をかけられる日も遠くないかもしれない。


「お姉ちゃん。美空可愛いから誘拐されないように気をつけたほうがよくない?」

「あー、そうね。ネットで顔晒してるわけだし、一人で登校させるのは危ないかも」


 わたし相手だったら「あんたならなんとかするでしょ」と適当なお姉ちゃんだけど末の妹は可愛いようで「帰ったらお母さんに話してみよっか」と言った。

 実際には、お姉ちゃんは家に帰ってすぐお母さんに怒られて夏休みの宿題を始めることになったけど。


「だから早めにコツコツやっておけばいいのに」


 わたしはリビングからお姉ちゃんの自室あたりを見上げると美空とお母さんに今日の話を報告した。


「お姉ちゃん写真集に出るの? すごいっ」

「美桜も本格的にモデルになってきたわね。……そのうち仕事場で一緒になることもあるかしら」

「そういえば今まではなかったね。会ってもよさそうなのに」


 芸能界って言っても広いからなかなかそんな偶然もないか。


「そういえばついでだけど、美桜? あなたネイルは興味ないの?」

「あー、ネイルかあ。なんかあんまりピンと来ないんだよね」


 なんか自分の爪が別の色をしてるところが想像できない。

 お母さんは仕事柄派手なネイルはできないけどたまに色を変えてるし、お姉ちゃんも休みの日はネイルしてたりするんだけど。


「試しに一回やってみたら? やってあげるから」

「お母さんネイルもできるの?」

「本職じゃないけど真似事くらいはできるわよ」


 そっか、どっちも手先の器用さが要求される仕事だしそりゃ向いてるよね。


「お母さん、私も!」

「はいはい。じゃあ美空もちょっと試してみましょうか。でも学校ではやらないほうがいいわよ?」

「どうして?」

「邪魔になりやすいし、せっかく綺麗にしたのに工作の時間とかに剝がれちゃうかもしれないから」


 というわけで、色を変えてアクセントにワンポイント入れるくらいのシンプルなネイルをしてもらったところ、


「へー……そっか。こうなるんだ」


 なんというか、「髪型」とか「ヘアアクセサリー」とかみたいなお洒落の一項目としてネイルがあるんだな、と実感した。

 わたしは「ネイル:なし」で通していたわけだけど、ここを変えると当然お洒落の幅が広がる。

 一概にあったほうがいいとまでは思わないけど、


「うまく使ったら新しい見せ方ができるのかもね」

「でしょう? よかったらお休みの時に遊んでみなさい」


 例によってお洒落用品はある程度まで買ってくれるお母さんは必要ならネイル用品を揃えていいと言ってくれた。

 どうせだったら夏休み終わり際じゃなくてもうちょっと早く知りたかった世界である。

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