美桜と青年カメラマン(その1) 2017/3/5(Sun)
「最近本当に楽しそうよね、鷹城くん」
「まあ、はい。そうかもしれません」
俺は先輩のからかうような声にうんざりしつつも答えた。
大学一年の時にバイトを始めて以来の付き合い。気心の知れた仲だけに雑談をすることもある。正直鬱陶しいものの、あまり邪険にもできない。
馬鹿にされているわけではなく、ただ玩具にされているだけだというのもわかっていた。
生返事を受けた先輩は「ようやく認めたか」と呟いて、
「美桜ちゃんを撮れるからでしょ?」
「わかってるなら聞かないでください」
半年くらい前に読モデビューしたあいつ──香坂美桜は新しい仕事が公になるたびに人気を伸ばし、今では小学生読者モデルの中では有名な一人になっている。
予想外、というわけではない。
あいつならこれくらいやるかもしれないと思っていた。それはそれとして、実際にここまで来たことは賞賛に値する。
俺としても活躍してくれたほうが面白い。
仕事でたまに顔を合わせては適当にアドバイスをする。打てば響くように反映させて自分を伸ばしてくるのが面白くて、気づけば楽しみになっていた。
ただそれだけの関係で十分だと思っていたのだが、
『あなた、美桜ちゃんの担当になりなさい』
ある日、俺は社員からそう命令された。
『相性がいいみたいだし、美桜ちゃんに聞いたらあなたが良いって言ったそうだから』
担当と言ってもメインで撮るカメラマンは別に用意されることがほとんど。
俺はアシスタントをしつつたまにアドバイスをするだけだったが、他紙や他社でも仕事をするようになったあいつは撮影の機会も増えたため、担当が決まったことで仕事はやりやすくなった。
相性がいいというよりはあいつが素直なだけだと思うが。
何しろご機嫌を取らなくても真面目で礼儀正しい。パフォーマンスが上がらないのはやり方がわからない、あるいは練習が足りていないから。その上、飾らないアドバイスでもしっかり理解してくれる。あれほどやりやすい相手はいない。
他のカメラマンが使いこなせていないのは「使いづらい」普通の女子の扱いに慣れ過ぎているからだ。
というわけで、
「おはようございます、鷹城さん」
俺は今日もまたこいつと顔を合わせた。
現場につくとまずスタッフ全員に挨拶して回る。業界のマナーもすっかり板についてきた。
これならモデルでもやっていけそうだが、本人曰く声優を目指しているらしい。自分の価値は静止画だけでは発揮しきれないとでも言うつもりか。なかなか面白い。
「ああ、よろしく」
俺はいつも通り笑いかけもしないしご機嫌も取らない。
向こうも気にした様子もなくただ受け入れる。俺の不愛想を「格好いい」とはしゃぐ女子とは違っていたってニュートラル。これもやりやすくて助かる。
今日は新しくあいつを使いだした他社での仕事だ。
最初に使った出版社としては専属にしたかったらしいが、最近始まったとあるマンガにあいつが関わっているとかで、そっちの出版社にだけは分け前をやらないといけなくなった。
まあ専属モデルにする場合は「雑誌専属」というのが一般的なので専属でなければ逆に同出版社の別の雑誌にも出せる。万が一、本当に声優になったとしても仕事を続けてもらいやすいかもしれない。
なんにせよ、俺は仕事をするだけだ。
「今日のわたしはどうでしたか、鷹城さん?」
撮影が終わった後、こいつが聞きに来るのも恒例になった。
最近は撮影中に囁きかけるほど駄目ではなくなったからだ。その上で言うのであれば、
「普通過ぎる。もっと自分の長所を意識しろ」
素、というか普段の自分を演じることに慣れてきたのか、逆に作りこみがナチュラルになりすぎている。
他の奴らには「自然だ」と言ってウケているのでそれでいいのかもしれないが、俺としては不満だ。こいつの才能はそんな「普通」を表現するためのものじゃない。
「音の演技に意識が向きすぎなんじゃないのか。マルチな声優を目指すなら『視られる』意識も大事だろ」
「……そっか。そうですね」
はっとした表情を浮かべ、それから「ありがとうございます」と微笑む彼女。
どうやら理解したらしい。
話が終わると頭を下げてさっさと去っていくあたりも良い。他の女どもは「それで、あの、来週の日曜日予定とかって……?」とか言い出すから面倒だ。
俺は半ば無意識にふっと息を吐いて、
「いい顔。……あの子が中学に入ったら唾つけちゃえば?」
またしてもからかってくる先輩を俺は睨んだ。
◆ ◆ ◆
鷹城さんは本当にいつも的確なアドバイスをくれる。
『音の演技に意識が向きすぎなんじゃないのか』
声優を目指すことを決めて奏先生と巡り合った僕。
家族と話し合った結果、金曜のスイミングをやめて研究所でのレッスンに変えることにした。これなら忙しさは前とあまり変わらない。
……と、思いきや、ピアノの練習に加えて各種自主練が加わったのでそこそこ忙しい。
やっていて楽しいのもあってついつい発声練習やキーボードでのピアノ練習に時間を割いてしまっていて、読モとしての練習を疎かにしがちになっていた。
読モモードに入るのに慣れたからと言ってサボり過ぎは良くない。
視られる練習も適度に入れていかなくては。
いや、本当にスイミングをひとつ削ってよかった。
「お疲れ様、美桜ちゃん。今日も良かったよ」
今日のメインカメラマンさん(※女性)に声をかけられた僕は「そんな。まだまだです」と答えて笑みを浮かべた。
「鷹城さんにもダメ出しされちゃいましたし」
「あー。あいつは厳しいっていうか変わってるからね。手放しに褒めてるところなんて見たことないからあんまり気にしなくてもいいよ」
「でも、せっかくだから参考にしてもっと頑張ります」
たぶん、あの人はぶっきらぼうなだけなんだ。
こっちの世界だと事務的で堅い人間というのは向こうの世界以上に好まれない。女性が社会の中心になったせいかコミュニケーションを重視するのは当然、という風潮が強いからだ。
男の場合は「ワイルドで格好いい」になるからまだいいけれど、愛想のよくない女子は同性からも異性からも人気が出づらい。
ほのかとか、いわゆる陽キャのノリが苦手なだけで本当に良い子なのに。
鷹城さんもその手の風潮のせいでたぶん損している。僕くらいはもう少し尊重してあげなくては。
と、カメラマンさんは意味ありげな笑みを浮かべて、
「美桜ちゃんならこのまま押せば落とせるかもよ?」
「な、なに言ってるんですか」
本当に女子はいくつになっても恋バナが好きだ。
それはまあ、湊と付き合うよりは精神的抵抗も少ないけど。でも相手は男だ。まともにデートとかできる気がしないし、その先なんて猶更だ。
「そもそも鷹城さんは女性に不自由してないでしょう?」
「あれ、美桜ちゃんもけっこう脈あり? ……あー、うん。まあわりと。彼が不愛想なのって女の子食べ飽きたせいもあると思うよ」
食べ飽きたとか小学生に平気で言うな。
さすがこの世界の女子は肉食系である。
そうか、そんなに女性経験多いのか。……僕はなんだか負けた気分になると同時に理不尽な不満を覚えた。うん、やっぱり彼とは今まで通りの関係で問題ない。
カメラマンさんや編集さんとさらに少し雑談をしてから帰った僕は、視られる練習と歌う練習を兼ねて……と、自室の鏡も前でアイドルの振り付けを真似して、
「……なんか楽しそうなことやってるじゃない?」
勝手に部屋に入ってきたお姉ちゃんからニヤニヤされた。
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