美桜とラブレター(その2) 2016/7/6(Mon)

 香坂にラブレターが来たらしい。

 別に聞き耳立ててたわけじゃない。あれだけ騒いでたら誰だってわかる。

 興味もない。

 香坂が誰と付き合おうと勝手だし、僕から興味をなくしてくれたら平和になる。


 まあ、そもそも最近は全然話しかけて来ないけど。


 あれだけ僕に付きまとっていた癖に他の奴と付き合うのか、という気持ちもある。

 今までのはなんだったのか。

 気まぐれで付きまとって気まぐれで離れるとか勝手すぎないか。そりゃ、記憶喪失になったなら仕方ないけど、だからってぜんぶ割り切れるわけじゃない。

 もやもやした僕は、香坂がどうするつもりなのか今度こそ聞き耳を立てた。


「四年生の男の子かあ。年下だねっ」


 校内の男子は全員知り合いだ。名前を聞けば誰だか一発でわかった。

 悪い奴じゃない。

 どっちかというと大人しくて、外で遊ぶより本を読むのが好きな奴。マンガも好きなので僕とも盛り上がれる。

 好きなヒロインのタイプは──お姫様みたいに可愛いけど口を開くと気が強い子。主人公にも遠慮なくいろいろ言って引っ張ってくれるのが良いらしい。

 僕にはよくわからない。うるさいだけじゃないかと思うけど、考えてみると香坂はもろにそのタイプかもしれない。

 不足していたお姫様っぽさは最近補充されたし、男子相手でも好き勝手言うところは完全には直ってない。たまに話しかけてきたと思ったらだいたい上から目線だし。


「……お似合い、なのかな」


 僕の呟きは幸い、女子の盛り上がる声にかき消されて誰にも聞かれなかった。



   ◆    ◆    ◆



 差出人は四年生の男の子だった。

 顔を見た覚えはある。何しろ男子は全校合わせても十人ちょっとだからものすごく目立つ。

 話した記憶はない。入れ替わる前の美桜がどうだったかはわからないけど、みんなの話によると自己主張の強い子じゃないらしい。


「美桜さんにはぴったりかもしれませんね」

「えー、そうかなあ? 美桜ちゃんには湊くんみたいな子の方が良くない?」

「年下の方が女の子を尊重してくれるではありませんか。喧嘩にもなりづらいですから長続きします」


 具体的な文言をぼかしたうえでラブレターの内容を伝えると、みんなは大盛り上がり。

 玲奈と恋なんて僕をそっちのけで恋愛観をぶつけ合っている。

 恋に恋している恋に対して玲奈は小学生にして達観し過ぎというか、彼氏や旦那を上手く転がそうとする策士めいた考えがあるらしい。

 他の子たちも彼に対する情報を伝えあったり妄想を披露したりしている。おかげで苦労せずどんな子かわかったけど、


「いくらなんでも盛り上がり過ぎだよ。たかがラブレターもらったくらいで」

「たかが!?」

「美桜さん。男子はとても少ないんですよ? その男子から告白を受けたのですから、これは一大事なのです」


 落ち着いてもらおうと声をかけたら逆に食いつかれた。

 確かに、この世界には男子が少ない。比率的には元の世界の百分の一だから、単純計算で一通のラブレターに百通分の価値がある。

 百人の男子から告白される女子なんて、それはもう物語の中にしかいない「学園のアイドル」のレベルだ。

 恋や玲奈だって可愛いわけで、向こうの世界なら告白の一つや二つ、十や二十あってもおかしくないけど、この世界だと小数点以下になって端数切捨てにされてしまう、と。


「ラブレターだよ!? デートしたりキスしたりできるってことだよ!? 上手く行けばそのまま結婚だってあるかも……!」

「初恋は実らないというのは昔の話。長年付き合って来た幼馴染と結婚するのが最も気楽、という男性も増えていると聞きます。ここで恋人を確保できれば大きなアドバンテージになるかと」

「でもわたし、断るつもりだから」

「なんで!?」

「そうです、どうしてそのような勿体ないことを……!?」


 左右から肩を掴まれた。

 僕は席を立つこともできなくなり、恋と玲奈、さらに他のクラスメートに取り囲まれる。

 湊の顔はみんなに遮られてみることさえできないけど、きっと「何やってるんだあいつ」という顔をしているに違いない。

 今の僕より格段にアホなくせにモテまくっているこっちの僕に呆れられるのはなんというか屈辱だ。

 ……って、それはともかく。


「だってわたし、その子のこと知らないし、特に親しくもないし」

「そんなの付き合ってから知っていけばいいんだよ!」

「そうです! 相手から告白されたのですから、こちらには好きな時に振る権利があるのですよ!?」


 告白した方が負けの恋愛マンガはこっちにもあったっけ? なかった気がするけど、恋の駆け引きとしてはこっちの世界でも認識されているらしい。

 もはやなんの遠慮もなく食って掛かってくる二人にひとまず愛想笑いを返しつつ、僕は「困ったなあ」と内心で思った。

 前にお兄さんから聞いて戦々恐々とはしていたけど、本当にこの世界で「男子と付き合う」というのは大きなステータスになるらしい。


 この分だと四年生の彼が言いふらさなくても告白の結果は全校に知れ渡る。

 すると僕には「男子の告白を袖にした悪女」というレッテルが張られかねないわけで──。


 そこまで考えた僕は「ん?」と思った。

 別にそれで問題ないんじゃないだろうか。


「待って。二人とも、よく考えてみてよ」


 僕は親友たちを落ち着けるためにも敢えて神妙な顔をして告げた。



   ◆    ◆    ◆



「自分を安売りしないのも恋の駆け引きなんだよ」


 なに言ってるんだあいつ。

 僕は自分の席でスマホをいじりながら「またなんか変なこと言い出した」と思った。

 いや、変なこと言ってるのは嬬恋も西園寺も同じというか、クラスの女子の大半が変だと思うけど。まだ僕たちは小学生なんだから恋なんて先の話でいいじゃないか。

 まあでも、香坂が告白を受けないつもりらしいのは安心したというか……いやいや、僕は簡単に他の奴を好きになられたら癪だと思っただけで。


「男の子の告白を断った子ってどう思われる?」

「せっかくのチャンスを逃した身の程知らず?」

「うん。それもそうだけど、逆に言えば『簡単には手に入らない高嶺の花』ってことでしょ?」

「え? ……あっ」

「なるほど。考えましたね」


 女子たちの話をまともに聞いていると長いので簡単にまとめると、要は「簡単に手に入らない物の方が欲しくなる」ということだ。

 あいつが前に言ってた「押して駄目なら引いてみよ」に近い。

 でも今度のは勝手に付きまとってきたのが勝手に離れたのとは違って、実際に告白した奴がいる。ここで断れば、香坂は「告白すれば簡単に付き合える女」じゃなくなるわけで、


「美桜さんを手に入れることは男子にとってもステータスになります」

「なるほど! 将来、他の男の子から告白されるかもしれないもんね!」


 香坂のこのアイデアから女子は別方向に盛り上がり始めた。


「誰でもできる方法ではありません。ですが、美桜さんでしたら──」

「アリかも! さっすが美桜ちゃん!」


 うん、まあ、僕は別にいいんだけど、告白した奴が若干可哀想な気がする。

 いや、好きでもないのにOKされて飽きたら捨てられる方が可哀想か? ……よくわからなくなってきたけど、どっちにしても言えるのは「女子は怖い」ってことだ。


「……でも、本当に大人しくなったんだな、香坂」


 前の香坂ならたぶん、何も考えずに付き合ってたと思う。

 長続きはしなかっただろうけど、それはそれで「恋愛経験あり」を自慢してまた僕に付きまとってきたんじゃないか。

 嫌な話だ。考えただけでうんざりしてくる。なら、今の香坂のほうがずっとマシだ。

 それから、とりあえず。


「それでね。もし、断られてもまた告白してくれるなら、その子も本当に真剣なんだと思うの。だからその時はまた考えようかなって」


 あいつが断られて落ち込んでいたら慰めて、それから「もう一回チャレンジしてみろよ」って言ってやろうと思った。

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