美桜と湊(その2) 2016/5/16(Mon)

 燕条えんじょうみなと

 学校の成績は可もなく不可もなく。帰宅部。趣味は友達付き合いのためにマンガやゲーム、音楽にアニメなどいろんなものを広く浅く。女の子と付き合った経験はなし。

 僕はそんなどこにでもいる男子だった。


 もちろん、女子に囲まれてきゃあきゃあ言われた経験もない。


 だけど、こっちの世界のぼくには一緒に登校する女子が何人もいるようだった。

 声をかけたのは恋で反応したのは湊。

 僕は恋の隣にいただけで目が合ったのも偶然なのに、取り巻きの女の子たちはこっちに恨みがましい視線を送ってくる。

 恋愛の駆け引きというのは恐ろしい。

 と、それはともかく。


「……香坂」


 声変わりしていない高い声で呼ばれる。

 湊は立ち止ったまま僕を見ると「もう、大丈夫なのか?」と尋ねてきた。

 心配してくれるのか。

 自分と同じ顔なのに自分と全く違うモテ方をしている珍獣(?)に戸惑いつつも「うん」と答えて、少し考えてから「もう大丈夫」と付け加えた。


「じゃあ」


 これでよし。

 ポーカーフェイスを浮かべたまま最低限の返答を終えた僕は恋の制服の袖を引いて「行こ」と促した。


「う、うん」


 いいのかな? とばかりに首を傾げる親友と共に脇すり抜けていくと、湊はもちろん、さっき僕を見てきた女子たちまでもが不思議そうな顔で見送ってきた。

 いいのだ。

 別世界の自分と恋愛する性癖なんて僕にはない。



   ◆    ◆    ◆



 なんだ、あれ。


 僕──燕条湊は、澄ました顔で横を通り過ぎて行く香坂をぽかんと見送った。

 香坂が話しかけてこないなんて、やっぱりどこか悪いんじゃないのか。


 僕の知っている香坂美桜はとてもうるさい。


 女子はだいたいそうだけど、彼女は特別。

 休み時間のたびに寄ってくるし、思い出したみたいに「デートしよう」とか「キスしたい」とか言ってくる。冷たくあしらうと泣くか怒るかして、それなのに次の日には昨日のことは忘れたみたいに話しかけてくる。

 できればあまり話したくない相手だ。

 事故でしばらく休むって聞いた時は正直、少しほっとした。


 記憶喪失だと聞いて今度は本気で心配して、そろそろ復帰してくると聞いた時には「やっぱり会いたくないな」と思った。

 複雑な気分だったのであんな聞き方しかできなかったけど、香坂の受け答えは僕以上に素っ気なくて。まるで僕に興味がないみたいだった。


「美桜ちゃんが今日からクラスに戻ってきました。事故のショックでいろいろ忘れちゃってるそうなので、みんな、助けてあげてください」


 付きまとわれないならその方がいいはずなのに。


 僕はクラスに着いてからも、朝のHRが始まってからも香坂の様子を目で追ってしまった。

 思ったよりも普通だ。

 普通じゃないのが香坂だから、普通な今の香坂はやっぱり普通じゃないのか。

 女子のことは無視したりしないで、それどころかときどき笑っている。事故(?)の前から一緒にいた二人とも変わらず仲が良さそうだ。


 いったいどうなっているのか。


 頭を打ったショックがそんなに大きかったのか。

 僕は休み時間に話しかけてくる他の女子の相手や勉強をしながら、つい香坂のことばかり考えていた。



   ◆     ◆     ◆



 なんか、ずっとちらちら見られてる。


 小学生だから隠すのが下手なのか、女子の身体には視線センサーでも備わっているのか。

 男子の視線なんて女子はお見通しなんだからね! みたいなのを女子サイドで体験することになるとは思わなかった。

 ただ、向こうも僕もクラスメートに囲まれていたので特に会話はない。

 僕のほうは復帰直後だからだけど湊のほうはいつもそうなんだろう。むしろ僕やその親友が加わっていない分だけ平和かもしれない。


 ──それにしても。


 どうして美桜ぼくと同じクラスにぼくがいるんだろう。

 教室に着いてクラスメート一人一人の顔を頭にインプットさせる間も、授業中に板書のメモを取りながらも頭の片隅には彼のことがあった。

 偶然にしてはできすぎている。


 なにか原因があるとしたら、やっぱり入れ替わりの儀式だろうか。


 例えば、美桜が本当に入れ替わりたかったのはこっちのぼくだったとか。

 普通に考えるとありえない。平凡な男子と美少女なら後者がいいに決まってる。でも、この世界の男子はそれだけで勝ち組だ。

 美桜ほどの美少女でも恋愛や結婚ができると限らないならいっそ湊になってしまえ、と思ってもおかしくないかもしれない。あるいは身体を入れ替えておいて「元に戻して欲しかったらわたしと付き合って!」とかなんとか言うつもりだったとか。

 ……本当にそうだとしたらエグすぎてドン引きだけど、ありえないとも言い切れない。


 あと、スマホの年月日表示からうすうす察してはいたけど、こっちの世界は元の世界と六年くらい時間がズレてるらしい。

 別の世界なんだからそれくらいは不思議じゃない。むしろその程度の差で済んでるのが驚きというか。未来とか江戸時代に飛ばされなくて良かったと思う。


 同じクラスにもう一人の自分がいる理由は仮説が立った。

 仮説が正しいとしたら湊にとって入れ替わりが失敗したのは幸運だったに違いない。

 僕は元の美桜と違って付きまとうつもりはないからぜひ他の子と仲良くなってくれ。


 と、思っていたんだけど。


「湊くん、ずっと美桜ちゃんのこと気にしてるねっ?」

「美桜さんが大人しいから寂しがっていらっしゃるのでは?」


 恋と、それからもう一人の親友である西園寺さいおんじ玲奈れなが口々に言ったように、湊はなかなか僕への警戒を緩めようとしなかった。

 彼の視線は僕だけじゃなくてみんなにバレバレ。


「そういえば美桜ちゃんがいない間も寂しそうだったかも」

「声をかけてあげたら?」


 僕の所属するグループは僕と恋、玲奈、プラス二、三人の女子で構成されるクラス内の恋愛急進派だ。

 肉食系の多いこの世界の女子の中でもお洒落好きかつ、恋愛への憧れが特に強いメンバーで湊へのアプローチに余念がない。

 今日は中心人物である僕の復帰で攻撃を緩めているものの、やっぱり恋バナ(?)が好きらしく人をけしかけてくる。

 自分じゃなくて他人が付き合う話も好きなのか。

 僕は彼女たちの声に「うーん」と悩むふりをして、


 どうしたものか。


 男で、しかも自分と同じ顔。

 湊はとても恋愛対象にならない。ただそのことをストレートに伝えられない以上はなにか言い方を考えないといけない。

 僕は少し考えてから笑って答えた。


「わたしは大丈夫。……あのね、休んでる間に新しい作戦を考えたんだ」

「作戦、ですか?」


 いち早く反応して首を傾げたのは玲奈。

 ウェーブロングの髪を持つ彼女は本物のお嬢様だ。恋愛小説に出てくるようなロマンスに憧れると同時に人間社会に罠や嘘が溢れていることも同世代の子よりずっと熟知している。だからこそ僕の作戦に興味を持ってくれたのかもしれない。

 僕は「うん」と頷いて、


「押して駄目なら引いてみよ。押しすぎて嫌がられてる気がするから、格言に従っていったん引いてみようかなって」


 嘘である。もちろん、湊の気を惹くつもりなんか微塵もない。

 ただ、単なる方便にしてはわりとそれっぽいことが言えたようで、玲奈は「なるほど」と感心の吐息を漏らした。


「恋の駆け引きですね」


 さらに恋や他の女の子たちも食いついてきて、


「ドラマで見たことある! 遠距離恋愛になると急に会いたくなったりするやつ!」

「さすが美桜ちゃん!」


 大人びているように見えてもまだ小五ということか。あっさり信じてくれた同じグループのメンバーたちは僕の作戦に同調することを決定。

 僕のクラス復帰を機に、一番湊にちょっかいをかけていた子たちが大人しくなるという珍事が発生した。

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