《早速やらかす》

動画配信後、新規ユーザーが増えスタート地点には初心者プレイヤーで賑わっていました。


「ねえなんの職業にした? 私はサモナー!」

「私は裁縫師にしようとしたんだけど初心者向きじゃないから普通に魔術師」

「俺は騎士だ」


場面は変わって《アリス・ビショップ》。アリスの店だが通称、蟻。掲示板発祥のあだ名はいつのまにか瞬く間に広がって浸透していきました。


アゲハは工房の壁一面に敷き詰められたクマのぬいぐるみたちに囲まれながら時折足元を生きてるかのように這いずり回る意志を持ってしまったクマのぬいぐるみの頭をなでながらまだ作り足らないのかクマのぬいぐるみの耳の部分を縫っている最中のこと。


アゲハ本人はクマのぬいぐるみを縫っている時は誰にも邪魔されたくないが心からの本心であり願いでもある。

そんな至福の時を邪魔されたら烈火の如く怒り狂う・・・わけではない。さすがに大人。中学生がそんな事で怒ってどうする? 意味がないという感情がアゲハらしさであり、またストレスを溜めやすい体質。


またアゲハは気づいていた。隣のーーアリスの服を作る部屋がやけに静かな事に。そしてアゲハが今いる部屋の扉を開ける事に。


アリスが服を作る部屋から出てくる。予感は的中していたので手を止めて作業台にクマのぬいぐるみを置く。


この工房は店との間を扉と壁で隔てていて店には来客が来たら扉に付けたベルが鳴り響く仕組みになっており、そして店にいない時は通知メッセが届く仕組みにもなっている。


だがそんな店も動画配信後に服やぬいぐるみが飛ぶように売れて行き、これが動画効果かと感心しきりでいたところ店がすっからかんになり店はやむなく休業を迫られせっせと商品を作っている所。


そしてこの工房はアリスとアゲハのための工房であるため普通より大きく、拡張。


アゲハは人形使い。

アリスは裁縫師。


お互い持ちつ持たれつの関係で、それを維持していると言って良い。


アリスが扉を二回ノックする。アゲハは「仕方ないなあもう」と言いながら扉を開ける。


扉を開いて出たのはアリスの顔。次にアリスの顔の前に二着の服がハンガーにかけられてまるで「どっちが良い?」と聞かんばかりの勢いで眼前にぶら下げる。


「アゲハ! 新作できました!」


それを「待った!」と制止するアゲハ。顔には片手で頭痛を抑える仕草。片手は制止ポーズで「これ以上来るな」みたいな威嚇さえある。


足元で主の不安を察したのかクマのぬいぐるみがペタッと足首に引っ付く。


アゲハが顔から手を離す。「よし! 心の準備はできた」という顔つきに「早く見て見て」と急かすアリス。それをジト目で非難の目を向けるアゲハ。ハンガーを受け取りかけられている服をしげしげと見つめる。


「・・・また現実にある服なのは置いといてまた・・・ヤバいスキル効果付き?」


「はい!」


アゲハの肩がズレる。


「はいって」


アリスは服の詳細を見てと促す。


「とりあえず見てください」



【コルセットデニムパンツ】

鋼属性の力が秘められている。

効果:氷属性、岩属性、妖精属性に対し五十%の確率でクリティカルダメージ

品質:☆☆☆☆☆☆☆☆☆

装備品

消耗680/680

スペシャルスキル:バレットパンチ

スキル効果:必ず先制攻撃ができる。相手と同じ技を出した場合、先に攻撃できる。



【辛子色のリブニット】

岩属性の力が秘められている。

効果:炎属性、氷属性、飛行属性、虫属性に対し四十%の確率でクリティカルダメージ

品質:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

装備品

消耗740/740

スペシャルスキル:ストーンエッジ

スキル効果:急所に当たりやすい



アゲハは顔を手にやりました。見た事のないユニークスキルとエグい効果付き。うん、もうね。とアゲハは嘆息した。分かってた・・・! 分かってたはずなのに・・・!


ユニークスキルとはオリジナルスキルの事。

動画ではユニークスキルができると公言したが誰にだってすぐにできるものじゃない。だが動画でああ発言したのは公式側たってのお願いだから。だからあの場でああ言うしかなかった。


初めて一か月も経たない奴がユニークスキルをバンバン作れるゲームではない。


せいぜい半年で偶然一つ、しかも弱いユニークスキル。

なのがこのゲームのセオリーみたいなものでしょう。だがコイツは違う初めたばかりにユニークスキルをいくつか作り、しかも強力なものばかり。

周りはチートを疑ったが公式側はありえないと回答。


まあこれもアリスの持って産まれた少し不思議な力による恩恵だろうと納得。


「・・・アハハ、またファンタジーが壊れる」


遠い目をしたアゲハ。ああ、私が愛したファンタジー〈クリエイト・オンライン〉はどこにいったの?


冷静になるため一度深呼吸。


「スゥーッ、ハアッ」


アリスは褒めて褒めてと期待の目で見てくる。コイツは・・・!


「ど、どう? コルセットってファンタジーらしいじゃない? 現代風アレンジ! えへへ・・・」


うん、コルセットパンツはファンタジーっぽい。


 デ ニ ム じ ゃ な け れ ば な !


「これ着て戦うってシュール過ぎ」と言って自室に戻ろうとしました。


アリスはそれを了承と捉え「価格は私が決めて良い?」と再び閉めた扉をアゲハは開く。


しばらくの間、アゲハとアリスは値段価格設定で揉めに揉めて最終的にアゲハの意見が通りアゲハに勝てるわけがないアリスにとって下剋上を企むのが常で、アリスの作る服をアリスは古参やトップランカーに売るのを良しとしない傾向があり、アリスは皆んなに平等のチャンスがあると信じるタイプで、そのせいでたまに初心者用にレベル設定して服を売る時がある。


そんな事をしたら他プレイヤーも黙ってはいない。


アリスが引き起こした「魔のハロウィン」は日常服を着た異能集団の戦争みたいな光景を広大なファンタジー感溢れるフィールドで行ったため、世界観が壊れた以前に別ゲーと化した。


誰もがあの時レビューで『これはファンタジーゲー? いいえ伝奇ゲーです』から『ファンタジーを被った近未来』『ニセファンタジー』『異世界転移ゲー』などキリがなかった。


あの時はアゲハはアリスと共に謝罪文を作って公式に送ったっけなあ。とつい最近の事なのに遥か遠い過去に感じるのは気のせい気のせいと遠い目をする。


アゲハは溜息を吐いた。主に目の前の人物に対して。


「武器庫じゃんもう」


目の前にいるアリスはきょとんとしています。言ってる意味が通じてないだけ考えるだけで頭が痛い。


伝奇ゲーならワンチャン・・・いややっぱりファッションゲームでしょコレ。

本人もそんな感覚でゲームしてるし、ある意味最悪。


私が愛したファンタジーゲームはどこに? とアゲハは再び遠い目をした。


「・・・王道ファンタジーが日常服に侵食されていく」



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【創造】が全てのこのゲームでひっそりと隅で裁縫師をやりたいです 与都 悠餡 @Kumono01

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