家系図自慢をされても……ええっ? あなたがあの? 結婚してください!

アソビのココロ

第1話

「初めまして僕はアダムズ男爵家の……」


 今日もまた将来の夫候補との顔合わせだ。

 家名から入る自己紹介に、またかと淑女らしくもないため息がこぼれそうになる。

 相手のヘイゼルの瞳と締まった口元に知性と品性を感じただけに、余計落胆が大きい。

 自らの名と実力で立つ殿方が現れないものか。


 私はロビン・サウザー。

 サウザー男爵家の次女だ。

 自分を説明するのに男爵家のどうこうと言わなければいけないのも忸怩たる思いなのだが、貴族の家に生まれたのだから仕方ない。

 我が身に染み付いた呪いみたいなものだと、割り切って考えることにしている。


 今日のお相手は祖父が男爵、父が騎士で、その次男坊という方だ。

 本人がどういう人か見えてこないではないか。

 ……繊細で整ったお顔は嫌いではないけれども。


「アダムズ男爵家はモンタギュー侯爵家の分かれでございまして」

「はい、存じ上げております」


 また家系図の話か。

 うんざりだ。


 私は男爵家の娘という自分の身分に強い不満を持っていた。

 体裁の悪くないそこそこの家に嫁ぐという未来しか、ほぼなかったからだ。

 それ以外の選択肢は修道院か家出して娼婦になるか、あるいは自殺くらいだ。


 ……そこそこの家に嫁ぐ、何が悪いんだと考えるのが普通かもしれない。

 頭を働かせず運命に身を任せるのが幸せであるのだろう。

 私のように自分の力で世に存在を問いたいと思うのは、女らしくないとわかってはいる。


「……侯爵家には五代前に王女が嫁いできているので、王家の血も入っているんですよ」


 王女か。

 王女とは言わぬまでも、もう少し高位の貴族に生まれたなら。

 結婚相手を決められてしまうことは変わらないにしても、政治や社交で存在感を発揮することはできたかもしれない。


 今より希望に満ちていた少女の時は、貴族学校で学ぶことに全力を傾けていた。

 身に付けた知識と教養が未来の自分を助けるだろうと信じて疑わなかったから。

 しかしそんな希望は打ち砕かれた。

 極めて優秀と言われた私の成績は、男爵家の娘としての価値を少しだけ上げるに過ぎなかった。

 絶望した。


「……モンタギュー侯爵家は、かつて存在した隣国の竜殺しの英雄が国を追われてやって来て、始祖王に仕えたことから興った家とされていまして」


 まだ家系図の話が続くのか。

 この男も先祖でしか自分を語れない。

 でも竜殺しの英雄が我が国に流れてきて封じられた、というのは少し興味を引かれる。

 というか、どこかで耳にしたことがあるような?

 ああ、そうだ。


「……伺ったことがありますね。竜殺しの英雄と聖女様が結ばれたのではなかったでしたっけ?」

「おっと、ロビン嬢。その話をどこで?」

「本を読みました。『勇者と聖女の十年ロマンス』という。確か史実を基にしていると後書きに書いてあったんです」


 私は父にねだって、貴族学園在学中から書店の経営を始めた。

 様々な知識を得られる、ううん、異なる人生を経験した気になる本が好きだったから。

 自分の運命に対するささやかな抵抗だったかもしれない。

 三年経った今では王都一の書店となっている。

 もっとも非識字者がほとんどの社会では、書籍市場の大きさなどたかが知れているけれども。


「その本の聖女と結ばれたというところはフィクションなんですよ」

「そうだったんですか?」

「ええ」


 先方のルーツに当たる部分で失礼をしてしまった。

 家系図が御自慢の人は怒るだろうな。

 これでこの方ともおさらばか。

 顔が好みなだけ、少し残念な気はするけど。


「失礼をいたしまして、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、とても嬉しいです」

「は?」


 にこやかで魅力的な顔になった。

 嬉しいとはどういうことだろう?

 間違えたのは私なのに。


「『勇者と聖女の十年ロマンス』の著者は僕なんです」


 えっ?

 ということは私好みのお顔をしているこの方は?


「ええええええええっ? あなたがハンニバル先生?」

「ペンネームまで覚えてくださっていて光栄ですね」

「大ファンです! 結婚してください!」


 お、思わず興奮して先走ってしまった。

 恥ずかしい。


「嬉しいです。ロビン嬢ほどの才女が僕を知っていて、そして僕を望んでくださるとは」

「いえいえ、才女だなんて」

「評判ですよ? ロビン嬢の本屋は品揃えが多いのに目的の本を探しやすいと。本をよく理解しておられるからでしょうね」

「あなたがハンニバル先生なら、最初に言ってくださればよろしかったのに」


 苦笑するハンニバル先生。

 いや、わかる。

 ペンネームを名乗って仮にも書店経営者である私が知らなかったら、そこで話が続かなくなってしまうから。


「それにしてもよりによって家の話から入らなくてもいいでしょうに」


 本について話題にしてくれれば楽しく語れたでしょうに。

 貴族でありながら家名に頼らず、ペンネームで勝負する目の前の殿方が少し表情を引き締める。


「いや、それには理由があるんですよ」

「理由、ですか?」

「本家筋のモンタギュー侯爵家では製紙業に力を入れていましてね」

「はい、存じております」


 モンタギュー侯爵家領産の紙は質がいいことで知られている。

 それこそ本になるような紙なので、私にとってはなじみ深いのだ。


「これまでと質はほぼ一緒で、ずっと製造コストを下げた紙を生産できるようになったんです」

「素晴らしいですね」

「金属活字を用いた活版印刷が実用化されようとしているのです」


 思わず息を呑む。

 金属活字を用いた活版印刷は理論上のもの、机上の空論だとされている。

 大量印刷に向いているが初期投資が莫大なものになるため、実用化など夢のまた夢と考えられていたのだ。

 そもそも大量印刷の必要性などないから。


「どうしてそんな……」

「王家が関わっています。識字率を上げて出版を一大産業にしようという計画です」


 な、なるほど、官営の出版業がスタートするのか。


「ハハッ、ロビン嬢いい目になってきたね」

「お戯れを。この計画は結構な秘密ではないのですか?」

「秘密ではないですね。正式発表にもう少し時間がかかるというだけで、むしろ大々的に知らしめたい類です」


 確かに。


「もう御理解いただいてると思いますけど、製紙・出版とくれば当然小売りにも協力してもらいたいわけで。ロビン嬢の書店は王都一ですからね」

「私の店など芥子粒のようなものに過ぎませんが、喜んで協力させていただきます」


 たまたまハンニバル先生と私の縁談があったから、教えてもらえたのだろう。

 血が滾る。 

 国の命運が懸かるような大事業に、男爵家の娘に過ぎない私が関われるとは。

 私はこのために生きてきたのだ!


「まあ、最初は字を覚えるための教科書を超低価格で販売するところから始めるんでしょうね。作家である僕の出番は少々後になりそうです」

「この機に学ばないと取り残されるというムーブメントを、小売り側から作れということですね? お任せを」

「えっ? いやそれは王家がやると思いますよ」


 そうだったか。

 また先走ってしまった。


「人生のパートナーとして、僕は合格と思っていいでしょうか?」

「もちろんです! どうぞよろしくお願いいたします」

「では今度、男爵に挨拶させていたきましょう」


 ああ、私の運命が大きく変わる、夢みたいな出会いだった。

 今日はいい日だ。

 ハンニバル先生が柔らかな笑顔を浮かべる。

 ああ、何と神々しい。


「ロビン嬢、ありがとう。そういう顔している方が美しいですよ。今日最初随分と面白くなさそうだったですけど」


 顔が赤くなるのがわかる。

 本当に申し訳ないっ!


          ◇


 数年後、大人気作家と大書店の店主の仲の良い夫婦が王宮に招かれた。

 出版事業に関する話し合いの後、陛下はふと夫婦に聞いてみた。


「夫婦円満の秘密は何だ?」

「愛し愛されることでしょうか?」

「それだけか? ちょっと回答が簡潔過ぎるな。どう頑張っても本にならんぞ」


 夫婦は視線を交わし、ふふっと笑った。

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