元カノは不思議ちゃん。俺は彼女から絶対に逃れられない。

神楽耶 夏輝

第1話 元カノは不思議ちゃん

 昼休みの図書室

 一人で購買の弁当を食べている俺は、鳥取蒼とっとりあおい。高校一年生だ。

 

「あれ~? 今日は一人なんだ?」

 背後からの声に顔を上げ、振り返り、怯える俺。


「ひっ! 不思議……いや、藤木!」


不思議ちゃんと、クラスメイトから陰で揶揄われている彼女は藤木麻衣。同じく高校一年生で、元カノである。


「いいよ~、別に。みんなが私の事不思議ちゃんって呼んでるの知ってるから。あはっ」


「あはっ、て。揶揄されてイヤじゃないのかよ」


「ぜ~んぜん。だって私、不思議だもん」


 認めちゃったよ。


「どんなに悲しくても、辛くても、熱があっても、お腹がすくの。そしてご飯を食べたら嘘みたいに幸せになるんだ~。不思議でしょ」


「ああ、うん、まぁ」

 藤木の不思議っぷりはそんなもんじゃないけどな。


「それよりさぁ、今日は一緒じゃないんだ?」


「誰と?」


「女の子」


「はっ。はぁ? 女の子どころか、友達もろくにいないんだぞ。君と別れてからは安定の昼ぼっち」


「へ? うそだ~! 私と一緒にお昼食べなくなった日から、女の子と一緒だったじゃん?」


「いや、だから、ずっと一人だし……」


「え~、おかしいよ。いつもここに座ってたよ。蒼くんと向かい合わせで」


 こわっ。なにそれ? ホラー系の不思議砲? 藤木と別れてから、一週間か。この一週間、俺は誰とメシ食ってたんだ?


「だ、誰もいないだろ。大体、図書室で昼メシ食うのって俺ぐらいだぞ」


「そっか。まぁいいや。私、時々見えちゃいけない物が見えちゃうからな~。参った参った~」


 何事もなかったかのうように、鳥取の対面に座る藤木。


「やめろ! マジで一人でメシ食えなくなるだろう」

 参った参った~は、こっちのセリフだよ!


「一緒に食べてあげよっか?」


「い、いや、いいよ。俺たち、もう別れただろう?」


「どうして別れちゃったんだろう?」

 藤木は机に頬杖をつき、不満げな顔で俺を見つめてきた。


「そ、それは……」


「ねぇ、蒼君。どうしてさよならなんて言ったの? もしかして、他に好きな子でもできたの?」


「いや、それは断じてない」


「じゃあ、どうして? どうしてどうして?? いつもここに座ってた女は誰なのよ!」


 え? もしかして、エアやきもち?


「いや、だから知らないよ。そもそも……」


「そもそも?」


「急いでるのに突然、エア猫で遊びだして電車に乗り遅れたり」


「エアじゃないよ。いたよ、猫ちゃん」


「いなかった! せいぜいあそこにいたのはありんこぐらいだったよ。ワンチャンダンゴムシとか。それに、河童をつかまえるとか言って、きゅうり片手に川辺に行って溺れたり」


「あれはね、河童に足を引っ張られたんだよ」


「そんな事あるわけないだろう。河童なんて存在しないんだから!!」


「あの時は助けてくれてありがとう。危うく河童の世界に連れて行かれるところだったよ」


「ないよ。そんな物はどこにもないの! 河童もいないし……。それに、ツチノコも未来人も宇宙人も! どれだけ探してもいないから!」


「いるーーーー!!」

って、キレ気味で言われても……。


「いるとしても簡単にはつかまえられないよ。俺は陰キャだから、そういうの、ついて行けないよ。どこからどう突っ込んでいいのかわからないんだよ」


「陰キャ? 蒼君が陰キャ?」


「そうだよ! わかった? わかったならもう行けよ」


「あ、そうだ。蒼君さぁ、今度の日曜日ひま?」

 聞いてたか?


「悪い、日曜日は……」


「青い鳥を探しに行こうよ」


「はい?」


「幸せの青い鳥」


 また始まったよ~。運よく青いセキセイインコか何か飛んでてくれればいいけどな!


「日曜日の朝7時に森林の丘公園集合! 寝坊しちゃダメだぞ」


 行くって言ってないんですけど。それに……


「朝7時は勘弁しろ。せっかくの日曜日、ゆっくり寝たいよ」


「ふ~ん、じゃあ、7時15分!」


「8時」


「7時30分」


「7時50分」


「7時45分」


「あーっ、もうっ。わかったよ7時45分に森林の丘公園な」


 って、おい! すっかり乗せられちゃったよ。


「あれ? おい! 藤木?」


 もういなくなってるし。大体、幸せの青い鳥と、普通の青い鳥、どうやって見分けるんだよ!!


「ん? なんだこの紙は?」

 机の上に四つ折りのコピー用紙が一枚置いてある。


「森林の丘公園一日探検のしおり? 幸せの青い鳥を探しに行こう!?

 ん? なになに?

 日時、7月2日、日曜日。集合7時(7時45分にかきかえられてる)。服装、自由、軽装が好ましい、学校ジャージ可。

 昼食、現地にて。

 おやつ、300円まで。

 水筒、中身はお茶または水。スポーツドリンク可。カルピス不可……」


 わぁ、楽しみ~、ってなるかっ!!

 はぁ~、しかし、どうしてあの時、気付かなかったんだろう? 

 高校の入学式の日に突然、彼女は俺を指さして「み~け! 私の王子様」って言ったんだ。

 そりゃあ、あんな無課金顔面パーフェクトなJKから王子様呼ばわりされたら、並を極めた低スペックな陰キャ童貞の判断力なんてゴミだ。クズだ。他の追随を許さないあの可憐な笑顔の前にひれ伏すしかなかった。その一週間後にはもう、俺は彼女の手中にいた。

 夢のままで終わるはずだった高校デビューを果たし、イキってた3ヶ月前の自分を、殴ってやりたい!

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