第2話 彼女の事情

「わたし、長瀬 洋一ながせ よういち」と申します」

「あっ松永 亜美まつなが あみです」

 ラウンジの堅い椅子に座り、向かい合わせ。


「あのー。いきなりですが。御礼をしようにもお金がなくて」

 いきなり、脈絡なくぶっちゃけられる。


「ああ、いえ。別にそんな事は考えていません。具合が気になっただけですから。お元気そうで良かった」

 そう言っていると、また彼女の名前が呼ばれる。


「会計計算が出来たようですね。それではまた」

 そう言って立ち上がろうとすると、意を決したように彼女からお願いされる。


「すみません。助けていただいた上に、こんなことを言うのは筋違いなんですが、お金を貸してください」

「ああ、そうですね。車が沈んで、手持ちなど無いでしょうから」

 二七歳独り者の、スケベ心が出てしまう。


 旦那がいれば、すでに来ているはず。

 ならば独身。彼女はまあストライクゾーン内。


 立ち上がり、一緒に会計へと向かう。


 だが、今日は日曜日。

 蓋を開ければ、会計が出来ず、後日連絡が来るとのこと。

「この書類と、入院ですから保証金二万円をお願いします。計算が出来ましたら連絡をいたしますから、支払いをお願いいたします。その時にこの保証金の領収書をお待ちください」


 そうして、出てきたが……

「車が…… どうしよう?」

 そう言って、ちらっと見てくる。

「送っていきますよ」

 この際だ。だがそこで、半分嫌な予感はしていた。


 彼女の家は、一階が店舗の二階らしい。

 駐車場に車を駐め、促されて二階へ上がることになるが……

 だが、店舗のシャッターを開くと、かなりやばそうな軋みが出ている。


「すみません。少し古くて」

 持ち上げるのを手伝う。


 中華系のお店かな?

「中国の方ですか?」

「いえ日本人です。元々はラーメン屋で、お父さん。いえ父がメニューを増やして、中華屋になっちゃって」

「お父さん?」

「そうなんです、三年前に体を壊してそのまま……」

「それは失礼」


 店内は、縦長の空間で、カウンターが十席程度。

 そして、四人掛け程度の座敷が二つの、こぢんまりした店。


 そして視線を移すと、客席にぐしゃぐしゃになった請求書。

 それもファイナンス系とか、ノンバンク。


「すみません。片付けていなくって」

 そこを通り過ぎ、トイレ横のスタッフ専用と貼られた扉を開くと、生活空間らしい。


 小上がりになっていて、靴を脱ぐ。

 そしてそこにも請求書の山。

 彼女は、無造作に丸めて捨てにいく。


「どうぞ、お座りください」

「はい。お邪魔します」


 そう言って座り込む。六畳ほどの和室。

 天板が、畳より少し小さいが立派な座卓。


 一応掃除はされているようだ。と言うか、妙に整理されているのが気になる。

 ああ。そうかやはり、事故じゃなく、故意に突っ込んだのか…… そんな事をふと思う。


 でも、あの請求書。あれは事故後の原因を教えるため?

 それにしては、なんだか、ちぐはぐな感じだ。


 彼女が湯を沸かしに行っている間に、さっき丸められた請求書を見る。


 大きいのが、二〇〇万? だが後は、カードローンがいくつか……

 お父さん名義で、随分古くから借りていたのか?

 利息制限法の改正は何時だったか?

 ”平成二二年六月一八日改正されました。”


 だがこれ、流行の過払いでいけるんじゃないのか?


 まあ、座り直りスマホでポチポチと調べてみる。

 対象者死亡。遺族引き継ぎ。ふーん。『相続人は過払い金を取り戻すことができます』と書いてあるな。

 まあ聞かれりゃ、言ってみるかぁ。


「すみません。あまり良いお茶っ葉じゃなくて」

「いえいえ、お構いなく」

 そう言って、湯飲みに口をつける。


 すると彼女が口を開く。


「お父さんが死んで、店を引き継いで、それなりにやって来たのですが、流行病とかあったでしょう。それで一気にお客さんが減っちゃって。やっと少しと思ったら物価高…… おかげでこの有様で…… 気づいたとお思いですけれど、あれわざとなんです。そこの、請求書。もう払えなくて……」

 そう言って、泣き始める。


「それを持って、弁護士さんに相談に行きました?」

「えっ、いいえ。一度自己破産とか言うのを、しようかと相談したら、この家も取られるぞって言われて」

「そんな事を、弁護士さんが?」

「いえ…… ちょっとした、知り合いの方です」

 そう言って、少し赤くなる。


 なんだ彼氏持ちか。

 テンションが、だだ下がってしまった……


「多分ですが、弁護士さんに、過払いを含めて任意整理を行うと、その期間、支払いもストップするようですよ」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ、ほら」

 彼女にスマホを見せる。


 随分熱心に読んでいる。

「書いてあるでしょ?」

「あーそうですね。でもなんだかリスクがどうと……」

「大丈夫、支払いができていないなら、すでに信用情報に乗っています」

 これは適当。

 相手次第。


 だが、お近くの弁護士さんを見つけて、すぐに電話。面会日を決める。


 請求書の束をまとめて、結局俺は平日に休みを取り、付いていく。


 なんというお人好し、いや恐るべきは下心パワー。


 だがなあ。彼女が言った、『ちょっとした、知り合いの方』が気になる。

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