第3話 正体は分かった

「ああ出たのか。……声くらい。掛ければ良いのに」

 そう言ってくれる、ちょっとなれなれしい彼。

 ――一体何者? 私を知っているのか、誰にでもそうなのか。――


「バッグとかは、口が開いていなかったから。大丈夫だと思うが、確認をしたか?」


「えっ。ああ。はい。大丈夫です」

「口調が堅いな。まあ高校で別れて、10何年ぶりだから。仕方が無いか」

 高校で別れて? そんな時代に、付き合っていた人なんていない。この人、誰かと間違えている? だから優しいの?


「あの。私のこと」

「うん? 変な奴だな。美樹だろ。須崎さんの所の」

「あっはい」

 私がそう答えると、ちょっと悲しそうな、怪訝そうな目で私を見つめる。


「もしかして。おまえ。俺が分からないのか? 悲しいぜ。中学校の時まで、一緒に風呂へ入った仲なのに」


 そう言われて、あわてて脳内を検索。

 脳裏に浮かぶ。ちびっ子。大和。


 泣き虫のくせに、私を守り。私をからかっていた、上級生に突っ込んで行った。……おばか。

 田舎のため、周囲は田んぼ。むきになった上級生に投げ込まれ。泣く泣く2人で帰り……。


 確かに、中学1年生の時。一緒にお風呂へ入った。


 でも、記憶にある大和。

 体は、ずっと私よりも小さく。確か、中学3年生でも私が大きかった。


 私は、普通科へ行き。

 彼は、なんと高専へ行った。

 ああ。高校で別れた、ね。高校で、ではなく。確かに。


 考え込む私の眉間に、しわが寄っていたのか、手を伸ばしさすりながら。

「癖が付くぞ」

 そう言い。


 ついでに。

「やっぱり熱がある。雨で打たれたからだな。薬を飲め。また、吐くかもしれないが」

 そう言って、優しく笑う。


 ダイニングへ移動し、テーブルに着く。

「ほいよ。常温のスポーツドリンク。薬は二錠」

「ありがとう」

 そう返すと、悪ガキっぽい笑いを返してくる。


「ねえ、このお家は?」

「うん? 建てた。実家のすぐ近く。元田んぼ。俺たちが昔飛び込んだ、すぐ脇だな」

「と、言うことは、此処。実家の近く?」

「そうだよ。連絡しようか?」

 そう言われて、私は焦る。

「ちょっと待って。それは駄目。夜道で寝ていたなんて知られたら、お父さんに殺されるから」


 そう言った後。大和が教えてくれる。

「じゃあ。見つけたのが、俺で良かったな。町会長の吉田さん家。あそこの玄関近くで、ゲロをまき散らし、自身もまみれて倒れていたぞ」

「げっ。じゃあ、もしかして」

「ああ、安心しろ。昨夜の内に流して、証拠は隠滅をした。おまえを風呂に入れたのは母さん。俺も手伝ったけど、見ていないから安心しろ。ああ。それと、残念ながらドーナッツは全滅だった」

 そう言われても、記憶にない。


「えっ、そんな物。買っていたの?」

「結構入っていたぞ。箱にきっちりだから、10個くらいは有ったんじゃないか?」

「なんて言うこと。そういえば、奥さんは? ……いや、ちょっとごめん」

 そう言って、またトイレへ走る。


 せっかく、薬を飲んだのに。

 体温次第だが、まあ後で考えよう。

 しっかし、どんだけ飲んだんだ。



 私は、便器を抱えながら、考える。

 恩人が誰かは分かった。


 見知らぬ人ではないが、10数年ぶりに会って、ゲロまみれって最悪じゃない。しかも実家近く。

 発見がもし大和じゃなく、実家に連絡が、先に行っていれば。恐ろしいことだわ。 

 いい加減。見合いでもしろって、やかましいのに。


 はあ。最悪。

 洗面所でうがいをして、さっき出してくれた歯ブラシを使い。歯を磨く。

 ミントの匂いが、今の私にはきつい。


 

 ダイニングへ移動をすると、大和が手招きをする。

「俺は、おくれたが会社へ行く。昼は誰もいないが、そこのポットで湯が沸かせる。クリームスープかコーンスープくらいしか、どうせ飲めないだろう。そのくらいは出来るだろう。それと、ちょっと熱を測れ」

 そう言われて、非接触式で測るが、三九度を超えていた。


 その数字を見て、目が回る。

「高いな。病院へ行くか?」

「うーん。良い。寝とく」

「じゃあ、もう一回。後で薬を飲んどけ。座薬もあるがどうする? 効き目は座薬の方が早いぞ」

「うーん。飲んで様子を見る」


「分かった。ベッド脇のサイドテーブルにスポーツ飲料と洗面器。薬も置いておく。良い子にしておけ。帰りにドーナッツを買ってきてやる」

「うん。はい」

 そう言うと、私のおでこに、熱用のゲルを貼って出て行った。


 寝室へ移動し、ベッドへ潜り込む。 

 防音がしっかりしているのか、時計の音だけが響く。


 さすがの吐き気も収まり、後は頭痛のみ。

 音が気になり、時計を見る。大和。遅れたって、もう10時じゃない。

 大丈夫だったのかしら? 私のせいで面目ない。

 そう思いながら、意識を手放す。



 会社に行く。そう言って出てきたが、やはり、体温の高さが気になる。


 少し悩んだが、途中で、会社に電話を入れる。

 結局、一日の休みに変更して貰う。

 俺は、研究職だから、多少融通が利く。


 必要な物を買って帰ることにして、薬局に寄り、熱用ジェルと、総合栄養食のスープ。

 スポーツドリンクや清拭シートを購入する。


 帰る途中で、思い出す。

 昨夜見た、ドーナッツの箱。その中身。何とか買っていた物を思い出し、ドーナッツを買う。


 家に帰り、そっと、寝室を覗く。

 薬は、飲んだ様子がない。

 熱を測る。

「うーん。三九度か。さっき戻したのが10時まえ。もう大丈夫か? おい、美樹起きろ」

 声を掛けると、いきなりむくっと起き上がる。

「はい」

 ぼんやりしているが、大丈夫か?


「薬飲めるか?」

 声を掛けて、反射的に起きたようだが、問いかけに反応がない。寝ぼけているのか?

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