第6話 その頃、アイリーンは①【ヒロイン視点】

 ドルガーひきいる魔物討伐とうばつ隊「ウルスの盾」は、ランゼルフ地区に到着した。彼らは、高級宿屋に宿泊していた。


 明日は依頼主の大貴族と会い、明後日あさってから依頼の調査開始となる。


「おい、アイリーン。ちょっと飲みに行ってくるからよ」


 夜八時、ドルガーは宿屋の一室で、恋人のアイリーンに言った。


 いつものことだ、とアイリーンはため息をついた。ドルガーは依頼を受けると、毎日、景気づけに街に女性をナンパしにいく。


 アイリーンは一応、ドルガーに聞いた。


「いつ帰ってくるの?」

「は? うるせえんだよ!」


 ガスッ


 ドルガーは椅子を蹴っ飛ばした。


 仲間のバルドンやジョルジュは、アイリーンを冷たい目で見ているだけだ。


「乱暴はやめて!」


 アイリーンはうったえた。


 ガス!


 しかしドルガーは舌打ちし、また壁を蹴っ飛ばした。


 アイリーンは魔法剣士だが、さすがに力では男三人にはかなわない。そしてアイリーンは、金というくさりで、ドルガーとつながれた状態にある。


「アイリーン、てめーはオレの女として、静かに待ってりゃ良いんだよ。お前、オレに何か借りてたよな? 何だっけ?」

「お、お金です」

「お前、オレにいくら払えば良いんだっけ?」

「ご、五百万ルピー……」

「ガハハハ!」


 ドルガーは笑った。


「お前には、そんな大金払えねえだろう。あのバカのダナンと同じ、平民出身だもんな。あきらめて、一生オレについてまわってりゃ良いのさ!」


 ドルガーは、アイリーンの親が作った借金、三百万ルピーを肩代わりした。しかし逆に法外な利子、二百万ルピーを、アイリーン本人に請求せいきゅうしている。


 その総額、五百万ルピー。


「じゃあな、アイリーン! お前は留守番してろ」


 ドルガーとバルドン、ジョルジュたちはさっさと宿屋から出ていってしまった。


 しかしアイリーンはその借金を少しでも返すため、計画を立てていた。


 はやくドルガーと縁を切りたい。ドルガーが成功してしまえば、おかざりの妻として、大貴族の前に連れ出されるのだ。


(そんなの嫌!)


 ドルガーが夜九時に外出するのは、計算済み。いつものことだ。深夜三時までは帰ってこない。


(私も――行動させてもらうわ)


 ◇ ◇ ◇


 アイリーンは宿屋の倉庫で、あらかじめカバンの中に用意してあった赤いドレスに着替えた。


 すぐにランゼルフ地区の北、バレーズ繁華街に行き、キャバレークラブ「虎夢亭とらゆめてい」の前に立った。女性が男性客を接待し、酒を飲む風俗店だ。ちなみに、ドルガーの行く繁華街は、南のリバーリド繁華街ということは分かっている。


 アイリーンはドルガーに隠れて、虎夢亭とらゆめていのアルバイトをしていた。


 虎夢亭とらゆめていの支配人は、アイリーンの美貌びぼうを気に入ってくれた。アルバイトでも、公爵こうしゃくクラスの客をとれば、日給五十万ルピーは出すと言ってきた。


 今日は運よく、予約客が公爵だ。――もうすぐ来る。


(おや……?)


 隣の建物はギルドか。看板には「ランゼルフ・ギルド」と書いてある。


 すると、そのランゼルフ・ギルドから誰かが出てきた。


(あっ!)


 一本の松葉杖を、左脇で抱えている少年……。ダナン・アンテルドだった。


「ダ、ダナン……」


 な、何でこんなところに? いや、そういえばドルガーの親戚が、ダナンのことを話していたっけ?


 アイリーンがダナンに声をかけようとした時、「よお」という太い声がした。


「アイリーン・フェリクスを予約していた、ジャック・バークレイだが」

「あっ、はい……」


 アイリーンは髪の毛を直し、バークレイという客のほうに向きなおった。


 バークレイは巨体の、ドワーフ族の男だった。身長は約二メートル、体重は百キロ以上はありそうだ。


「お、姉ちゃん。と、とんでもない美人だな」


 バークレイはいやらしい目で、ジロリとアイリーンを見た。アイリーンも、これくらいは覚悟している。


「バークレイ様、本日は虎夢亭とらゆめていにお越しいただきまして、ありがとうございます」


 アイリーンは丁寧ていねいにお辞儀をした。


「お席にご案内いたしますので、店内に入りましょう」

「いや、店より、オレ様の家に行こうぜ」


 バークレイは、ガシッとアイリーンの手をにぎった。しかしアイリーンは、きっぱりと言った。


「そういうことは、虎夢亭とらゆめていでは違反ですので」

「うるせえ! その気の強そうな言い方が、またそそるぜぇ。しかもなかなか筋肉質じゃねえか。ただ者じゃねーな、姉ちゃんよ」


 バークレイは自分の口を、アイリーンのほおに近づける。かなり酒のにおいがする。


「お、おやめください」


 く、くやしい! 魔法剣さえあれば、こんなヤツ……。


「おい、早く来いよ~、姉ちゃん」


 バークレイがそう言ったとき、誰かがバークレイの太い腕をつかんだ。


「ああ? 誰だ?」

「や、やめろよ。女の子が嫌がってるでしょ」


 バークレイの腕をつかんでいたのは、松葉杖の少年――ダナンだった。


(ダ、ダナン!)


 アイリーンは目を丸くしていた。

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