蝙蝠傘と巨人の夫婦


 舗装路のコンクリートをわきに植樹されたサクラやキンモクセイの根が押し上げ、山なりに隆起したその割れ目には病葉わくらばがうっすらと積み重なっている。



 黒々とした割れ目に赤や黄色の葉が積もっている様は噴火間近のマグマを蓄えた活火山のようで、それを見ているとわたしは山景を高空から鳥瞰ちょうかんしているような、巨人となって見下ろしているような、えも言われぬ気分になる。



 肩にもたれさせた気に入りの蝙蝠傘の中棒が伝える振動とつゆさきにしがみつく雨滴のしつこさから雨足が弱まってきていることは明らかで、私が意地悪く中棒をくるりと回すと呆気なく散っていった。



 うひっ。


「他愛もない……」



「コラ、嫁そっちのけで遊ばんの」



 すぐ横からたしなめられ我に返った私はきょろきょろと周囲を見渡す。連れ添って二〇年になる妻が仕方なさそうに微笑んでいる。


 我が子に向けるような包容力のある笑顔に私はバツが悪そうに首をすくめる。



「ヤ、すまない。なあ、おん



 惚れた弱みというか、腐っていたところを引き上げてくれた恩もあるのだが、私は紫苑に頭が上がらないのだ。


 おかしい。告白は紫苑の方から(情けない)だったし、私にゾッコンなのを隠すこともなく、そりゃもうデレデレだったのが────ッハ!?



「どないしたん? えらい鼻の下伸びてるけど」



 傘を差してふんわりとこちらに微笑みかけている妻は当然ながら可愛らしく美しいのだが、如何せん〝圧〟がつよい。


「あ、ああ、いや、な? 昔の事をな? お、思い出してな?」


「んふふ♡」



 圧。



「シ、紫苑?」


「もう。ウチが怒ってるみたいやん。ただ、関西弁でーへんようなったなぁて思ただけやで?

ま、あんたは釣った魚にエサをあげへんいけずな男やからな。結婚して一年で単身赴任するし。それにしても──」



 もの言いたげに私の方を見やる妻に、「ど、どした?」どもり問い掛ける私。



「ん? あー、格好だけ見たらジェントルマンやけど、わろた声だけ聞くと変態っぽいから、足して割って変態紳士やな」



「すんません勘弁してください」



「んふふ、関西弁出たな?」



「───そらな」



 愛しの妻に変態紳士呼ばわりされた日には関西弁も出るわ。



「ま、ウチは変態紳士なあんたとラブラブやし? 安心やな?」



「せ、せやな」



「なんや照れたん? いやつめ♪」



「あかん勝たれへん──」




 雨空の下。


 ニマニマと笑い、肩ドンしてくる妻に、他愛もないとか巨人プレイってる場合では無くなる私だった。



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