勇者叛逆 ~使い捨て勇者たちの異世界反逆譚~
葵大和
第1話「名もなき勇者」
その世界には勇者召喚陣というものがあった。
悪の魔王を討つ〈勇者〉を、異界から呼び出す魔術である。
異界から呼ばれた勇者には、世界から加護が与えられ、魔術とは異なる特殊な力を使うことができた。
〈炎の勇者〉、〈氷の勇者〉、〈知識の勇者〉。そのほかにも多くの勇者がかつて存在した。
そんな彼らの使命は、世界の果てに居城を持つ魔王を討つことであった。
だが、魔王は強大だった。
勇者召喚陣によって呼び出された歴代勇者たちは、奮闘むなしく次々に魔王の前に倒れる。
多くの国が何度も勇者を呼び出し、世界の平和のために彼らを送り出したが、ついぞ魔王討伐が叶うことはなかった。
そしてその日もまた一人、勇者が魔王の居城を目指して旅立った。
黒い髪に赤い眼。
旅装束の隙間からのぞく顔は青年らしく若いが、その表情はどこか暗い。
世界から〈腕力〉の加護を与えられたその勇者には、名前がなかった。
彼には旅を共にする仲間もいなかった。
それでも彼は、祖国の想定していたよりもずっと早く、魔王が住むと言われる世界の果てにたどり着いた。
そこには魔王の使役する数多くの魔物、あるいは悪の軍勢がいると言われていた。
「なにも、ない」
しかし、そこにはなにかにえぐり取られたかのような荒れ果てた大地しか存在しなかった。
「そんな気はしてたよ」
勇者はひとりごちてつぶやく。
すると、ふいに空が光った。
勇者が見上げた先に、今にも大地を焼き尽くさんと落ちてくる巨大な隕石があった。
勇者は少し悩んだ。
――俺が生きる意味は、あるのだろうか。
勇者はなんとなく、この世界の仕組みに気づいていた。
「あ――」
そんなときだった。
後ろから女の声がして振り向く。
そこに一人の美しい少女が立っていた。
自分とは正反対の白い髪に青い眼。
その悲哀を映す目の端から一筋の雫がこぼれたころには、大地が赤く照らされていた。
「わたしはなんのために――」
生まれて来たの。
隕石が奏でる轟音にかき消された言葉を、勇者はたしかに捉えた。
だから――勇者は空に手を掲げた。
「
その言葉とともに、空を覆った隕石は謎の力に潰されるようにして爆散した。
熱できらめく破片が流星のように空を流れる。
そんな景色を背に、勇者は少女の方を振り向いた。
「――俺が、魔王だ」
勇者は言った。
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