5-22 闇



 白と黒。

 ぶつかり合う二つの力の奔流が、爆風を生み出す。


「くっ……なんて力だ!」


「あのときと違い、今度は私と剣を合わせてくれるのだな!」


 シナモン様が上段から体重を乗せて魔剣を押しつけ、ウィル様は聖剣を両手で斜め横に構えて、攻撃を防ぐ。


「はぁっ!」


 裂帛れっぱくの気合いとともに、ウィル様が剣に力を込めて、魔剣を弾く。

 両者ともに下がり、二人の間に、再び距離が生まれた。

 シナモン様は、右手を握っては開き、剣の具合を確認しているようだ。


「身体強化を施さずとも、筋力も速さも上がっている。吸い付くようなこの剣の感触も、悪くないな」


 再び、闇が膨れ上がる。

 シナモン様は、黒い靄をさらに魔剣に纏わせていく。


「見えるほどの濃厚な闇……確かに恐ろしい力だ。だが」


 ウィル様も、負けじと聖力をどんどん剣に集めていく。

 戦闘が長引けば、加護が足りなくなるのではないだろうか。


 そう思ったところで、呪文の詠唱を終えたオースティン伯爵が、私に話しかけてきた。


「――ミア嬢。魔女殿と騎士たちは私が守る。君は、ウィルの補助をしてやれ」


「……お願いします」


 今のところ、敵の増援が来る気配もない。シナモン様が魔女に奇襲をかける様子もなかった。


 魔女は、テーブルの上に置いてある大きな布袋をぎゅっと握りしめて、何かをぶつぶつと呟いている。

 彼女の顔色がすごく悪いのが気にはなるが、ハイライトの消えたシナモン様の瞳と違って、魔女の紅い瞳にはしっかり光が宿っている。魔におかされる心配はなさそうだ。


 それにしても――魔女は、シナモン様とはしばらく一緒に暮らしてきた仲だ。だからこそ、彼女のショックも大きいだろう。

 けれど、今はそれより、伯爵の言うようにウィル様のサポートをして、シナモン様を止めることが先決だ。


 私は伯爵に皆を任せて結界を解き、『加護』の祝詞のりとを唱え始めた。


 ウィル様とシナモン様は、再び剣を合わせている。

 今度は力任せの一撃ではなく、目で追えないほどの素早い攻防が続いていた。

 二人の剣が合わさるたびに、光と闇が、爆ぜて散る。


「はは、楽しいな、ウィリアム!」


「俺はっ、楽しく、ないっ!」


「雷撃なしに、お前と互角に剣を交えられる日が来るとはな!」


「そんなこと言って、雷撃を使う余裕もないほどっ、闇の力に振り回されてるんじゃないか!?」


「ふん、お前こそ、お得意の氷魔法を使う余裕もなさそうじゃないかっ!」


 再び、光と闇が強く交わる。

 ウィル様とシナモン様がまた大きく距離を開けたところで、私の聖魔法も完成した。


「――『加護ホーリーグレイス』!」


 肩でぜえはあと息をするウィル様の背中に触れ、私の聖力を彼に流し込んでいく。


「……っはあ、はぁ……、ミア、ありがとう」


「いえ。私にはこれぐらいしかできませんから」


 ウィル様は、シナモン様から視線を外さないまま、口端を上げて微笑んだ。

 シナモン様は紅く染まった瞳で、私たちの様子をじっと見ている。律儀にも、ウィル様の回復を待っているようだ。


 そうして、『加護』の補充が終わり、ウィル様は再び剣を構えた。


「ウィル様……どうか、シナモン様を止めてください」


「……ああ。もちろんだ」


 ウィル様が一歩前に踏み出すと、シナモン様は嘲るように冷たく笑った。


「休息は終わったか」


「……回復を待つなんて、魔族にしては律儀じゃないか」


「ふん。私の力がいかに強大とはいえ、一対多ではずるいと思わないか? だから、も下僕を呼ぶことにしようと思ってな、用意をしていたのだ。――さあ来い、我が分体よ」


 二つに重なった不気味な声でそう呼びかけると、石床から、黒い闇の塊が複数、湧き出してくる。

 それは人の形を取ろうとして、うまく形にならず、どろりと不定形に蠢いていた。


「完全分体ではないが、我から分離した呪力で作った、動く人形だ。生半可な攻撃は効かぬ。さて……お前たち三人だけで、魔女と騎士共を、守り切れるかな?」


「くっ……!」


 ウィル様は、こちらを気にするように、リビングの中央近くまで下がってきた。


「ウィル、こちらは私だけで問題ない。お前とミア嬢は、シナモンに集中しろ」


 伯爵は剣を抜き、もう片方の手には高濃度の魔力塊を渦巻かせて、ウィル様に告げる。


『そこのおじさんだけじゃないぞ!』


『あたしたちも戦える!』


「ぷううー!」


 オルとルトも大型犬サイズの双頭犬に変化し、ブランも足に魔力をためてひと鳴きした。


「オル、ルト。ブランも、ありがとう。伯爵……お願いします」


「ああ、任せろ。ウィル、ミア嬢……本来なら、道を誤った団員を正すのも、騎士団長のつとめ。だがしかし、今回ばかりはウィル、お前でなくては正しく事を為せないようだ。――しっかりやれよ」


「――はっ! 承知しました!」


「話は済んだか? なら、早く続きを始めようじゃないか。――殺し合いの続きを」


 『闇』の人形を生んだからか、先程よりも弱まった黒い靄の代わりに、バチバチという紫電が、魔剣を伝う。

 ――やはり、本当にシナモン様の意思で、戦っているようだ。


「……シナモン、お前……」


 ウィル様の声色が、哀しみを帯びる。

 しかし――彼が諦める道理はない。

 紫電のピリピリとした圧力が高まるとともに、部屋の温度もまた、急激に下がっていった。


「――なら、俺が、必ずお前を止めてみせる」


 ウィル様の持つ白い剣身に、透明な霜が降りていく。

 そして二人は、三度みたび、激突した。

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