5-20 矜持
騎士としての在り方を問われ、誰よりも強くなって敵をねじ伏せることだ、とシナモン様が答えた瞬間。
ウィル様は、突然剣を抜いてシナモン様に斬りかかった。
ガキィィィン!
大きな金属音が鳴ると同時に、シナモン様はリビングの入り口まで、ウィル様は私たちの近くまで飛びすさる。
見えないほどの速度で斬りかかったにもかかわらず、シナモン様は、ウィル様の剣を正面から受け止めたようだ。
ウィル様は剣を正眼に構え、シナモン様は逆に、ゆっくりと剣先を下ろしていく。
「ふん、随分だな。魔族を倒した功労者に対して」
「魔族は倒れていない」
「お前の目は節穴か? この男なら、床に這いつくばって動かなくなっているだろう。結界の中に放り込めば――」
シナモン様は、足下で倒れている『紅い目の男』を、私たちの方に向けて蹴飛ばした。
彼女に蹴られた『紅い目の男』は、私が張ったままだった聖魔法の結界に思い切りぶつかり、バチバチと激しい音を立てながら強引に結界を抜けて転がってくる。
「……っ」
結界内に放り込まれた『紅い目の男』は、身体中から激しく黒い靄を噴出しはじめる。
靄はすぐに結界によって浄化され――、
「――ほら、消えた」
シナモン様の言うとおり、男の姿は完全に靄と化し、霧散するように綺麗さっぱり消えてしまったのだった。
「これでも、私を疑うのか? やはり『氷麗』の二つ名通り、冷たい男だな」
「俺の目はごまかせんぞ。これでも、シナモンのことは同期として、ライバルとして、ずっと見てきたつもりだ。お前は、シナモンじゃない」
ウィル様は冷たく鋭い声で、断言した。
シナモン様は、薄く鋭利な笑みを浮かべて、肩をすくめる仕草をする。
「なぜ疑う? 私は奴と違って、結界の中でも消えなかっただろう?」
「本物のシナモンは、確かに、強くなりたいと常に願う騎士だった。だが、だがな。シナモンが強くなった先に求めるものは、敵を倒すことではない。他者を守ることだったはずだ!」
ウィル様の声が、熱を帯びる。
彼の声は、鋭く低く――しかし、ごくわずかに、震えているようだった。
「魔法騎士団に入団し、初めて同期として顔を合わせたとき、お前は言った。『自分の取り柄は戦うことだけだ。だから私は、戦えない者にとっての、自らの手が届く誰かにとっての、英雄でありたい』と」
私は、ウィル様の言葉を聞いて、シナモン様との出会いを思い出す。
あの日。
オスカーお兄様が、ヒースを捕らえるための作戦で『紅い目の男』と対峙し、瀕死の重傷を負ってエヴァンズ子爵邸に運び込まれた。
私は、その傷を見て、トラウマで震え、怯え、動けなくなっていた。
シナモン様は、そんな私に、何度も何度も声をかけてくれた。お兄様は生きている、と。お兄様を救えるのは、私だけなのだと。
私はシナモン様のおかげで、トラウマを払拭し、お兄様の命を救うことができたのだ。
それに、お兄様の治癒が終わったあと、シナモン様は自分の力不足を悔いている様子だった。
彼女はあのとき、お父様に謝罪していた。
自分の力が至らないばかりに、男に一太刀も浴びせることもできず、お兄様に怪我を負わせてしまったと。騎士として、不徳の極みだと。
私たちが、お兄様の命が助かったのはシナモン様のおかげだと礼を言うと、その言葉が一番の報酬だと言ったのだ。
そう。
彼女はあのとき、男に剣が届かなかったことよりも、自分の目の前で、オスカーお兄様に怪我を負わせてしまったことを悔いていたのである。
「ドラゴンに自らを認めさせたいという夢も、そうだ。キャンベル侯爵家の権威を取り戻し、自分が戦えなくなったあとも、ドラゴンにキャンベル侯爵家を守り、導いてもらうためだったはずだ」
今年魔法騎士団に入団したお前の弟から聞いたよ、とウィル様は補足する。きっと、幼い頃からシナモン様は弟に夢を語っていたのだろう。
「お前の信念は、敵をねじ伏せることではなかったはず! お前――シナモンの矜持は、強くなって、弱きを守ることだ!」
ウィル様の表情も、声も、はっきりと悲痛に歪んでいる。
――シナモン様とウィル様の二人は、傍目には仲が良くないように見えた。ウィル様自身も、以前、シナモン様が苦手だとはっきり口にしていた。
けれど、なんだかんだ言っても、ウィル様はシナモン様を認め、信じ、頼りにしていたのだ。同期最強の騎士であるシナモン様のことを、その在り方を、ウィル様は敬い認めていたのだろう。
シナモン様は、目を伏せて首を横に振り、静かに答える。
「違う。そうではない」
「何が違うと言うんだ?」
「私は、言葉通り、『英雄』になりたかったんだよ」
「……どういう意味だ?」
ウィル様は、眉をひそめてシナモン様に問いかけた。
シナモン様は、答えない。
目を伏せたまま、だらりと剣を持っていた手に力が入っていく。床に向けた剣先が、小刻みに震えはじめた。
ウィル様は、しびれを切らして再度問いかける。
「なぜなんだ? どうしてお前は――」
「――全部、全部お前のせいなんだよ! ウィリアム・ルーク・オースティン!」
激情を露わにして、吐き捨てるように彼女は叫んだ。
それと同時に、チャキ、と小さく音を立てて、剣先をこちらに向ける。
顔を上げ、こちらをキッと睨んだシナモン様の瞳が、紫色が、徐々に赤みを帯びていった――。
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