第三章 総攻撃

5-13 襲撃



 他の聖女たちと合流した私たちの元に、緊急の魔法通信が入ったのは、想定よりもずっと早かった。


 魔獣の群れの襲撃から六日後、水竜の湖に到着する予定の日より一週間ほども前の、夜半すぎのこと。

 魔女の館をぐるりと取り巻く、灰の森――その正体は、白銀の地竜だが――その手前に広がる石灰棚の岩場に、高位魔獣が多数、攻め込んできたのだという。


 その知らせを受けて、私とウィル様は聖女たちの部隊を離れ、先駆けしていた。

 戦力的に考えて、隊から離れて単独行動をしても問題ない聖女と騎士の組み合わせが、私たちをおいて他にいなかったからだ。

 オル、ルトのもたらしてくれた情報からして、先日のスタンピード以上の規模の戦闘が起きるとは思えない。

 聖女たちの防衛は、テーラ隊の隊長と他の騎士たちがいれば、問題ないだろう。


 こうして宵闇を駆ける私たちが乗っているのは、馬車でも馬でもない。巨大化し、双頭犬の状態に変身した、オルとルトだ。


 双頭犬には流石に馬用の鞍は合わなかったものの、馬よりもずっと体躯が大きく安定している。それに、オルとルトも私たちを常に気にかけてくれているため、問題なく騎乗することができた。


 私たちを気にしながらにもかかわらず、駆ける速度も見事なものだ。

 ウィル様は、うまく掴まりどころを見つけて、ブランを抱っこした私をかかえこんで安定した姿勢を保っている。

 すごいスピードで爆走しているのに風の抵抗を受けないのは、今年に入って、ウィル様の発案により魔道具研究室で開発された、風除けの魔道具のおかげだ。


「すごいわ、オル、ルト! この調子なら、三日もかからずに山に着いちゃいそうね!」


『えへへ、ぼくたち走るのは得意なんだ』


『あたしたちはこの姿だから夜しか走れないけど、夜目はよく利くから安心して』


「ありがとう、よろしくね」


 私がお礼を言うと、速度を保ったまま、二つの頭はそれぞれ嬉しそうに「くぅん」と鳴いた。

 人里を避けて森や荒れ地を進んでいるので、辺りはかなり暗いが、双頭犬はどんな地形でも問題なく駆け抜けていく。


「それにしても……予想外だったな」


 私の後ろで、ウィル様が固い声で呟いた。


「予想外というのは……魔族が動いたタイミングですか?」


「ああ。死の山で、身動きが取れない状態になった聖女たちを襲ってくる可能性が高いと踏んでいたんだが……先に魔女を狙ってくるとは。何か秘策でもあるのか?」


 確かに、テーラ隊の隊長も、『仕掛けてくるならガス地帯の可能性が一番高い』と予想していた。

 ウィル様も、ガス地帯か魔女の館直前のどちらかだろうと言っていたし、魔女よりも聖女を狙ってくるだろうという予想が隊全体の総意だった。


 だが、予想に反して『紅い目の男』は、聖女たちの力を削ぐよりも、魔女の身に封じられた魔王を復活させることを優先したようだ。


「……魔女様やシナモン様、それに聖獣たちは、大丈夫でしょうか」


「きっと大丈夫だ。シナモンの実力は確かだし、魔女の館には魔法石を大量に置いてある。魔女も、魔法石を使えばある程度の魔法なら行使できるだろう。それに――水竜の湖には、こういう時に備えて、あの人が待機してくれていたからね」


「あの人?」


「――魔法騎士団が誇る、最強の騎士だよ」


 ウィル様は、自信満々に、誇るようにそう言った。


「きゅい!」


「人の気配……そうか、もうすぐ日の出か。ありがとう、ブラン」


 ウィル様のその言葉に、私は東の方角を見た。

 漆黒だった空が薄藍へとグラデーションを描き、日の出を告げる薄明かりが、山の稜線を柔らかく浮かび上がらせている。


 私の腕の中で、ブランは耳をピンと立てて、しっかり前を見据えていた。

 夜中からずっと起きているけれど、眠気はないようで、しっかり集中して人や魔獣の気配を探ってくれている。


『人に気付かれないように、スピードを落とすよ』


『日が昇ったら街に入れるように、街道の方に近づいておくね』


「ええ、ありがとう」


 そう言って、双頭犬は走る速度を緩めた。それでも馬の全速力ぐらいあると思うのだが、足音がほとんどしないのは、どういう理屈だろうか。


「ウィル様。到着したら、私たちはどう立ち回れば良いのでしょう」


「他の聖女たちが到着するまで、四、五日……その間、ミアには回復を一手に担ってもらうことになる。だから俺たちは、戦闘には積極的には参加しない。仲間たちの様子を見ながら、魔女の館に下がり、後方支援をするよ」


「わかりましたわ」


 私は了承を告げる。


『ねえ、ぼくたちは、どうすればいい?』


『あたしたち、戦えるよ?』


「きゅうう、きゅう?」


 そう尋ねたのは、従魔のオル、ルト。そして、その後にブランが続くが、ブランはオル、ルトの言葉をウィル様に通訳してくれているのだろう。


「そうだな……オルとルトは、魔女の館に着くまでは、子犬の姿になって、ミアに近づく脅威がないか警戒していてくれ。危険があれば基本的には俺が払うが、俺が間に合わない場合は頼むよ」


『大きい姿じゃなくていいの?』


『この姿の方が強いよ?』


「ああ。緊急時以外は、子犬姿で頼む。敵の魔獣だと勘違いされて、味方の騎士に攻撃されては困るからね」


 確かに、ブランはともかく、オルとルトの双頭犬フォームは、他の騎士に知られていない。

 到着は視界が悪い夜間だと予想されるので、特に危険だ。味方と認識されず、同士討ちになってしまう可能性がある。


『それもそっか』


『わかったー』


 オルとルトも、納得してくれたようだ。


『大丈夫、小さい姿でもある程度は戦えるから』


『近づいてくる魔獣がいたら、炎のブレスで黒焦げにしてやるっ』


「頼もしいわ、ありが――」


「その前に俺が氷漬けにしてやるから、お前たちの出番はないぞ」


「……ウィル様のことも、頼りにしていますわ。ありがとうございます」


「ふふ、任せて」


 オルとルトに何故か張り合うウィル様のご機嫌を取ったところで、本格的に日が昇り始めた。

 私たちは、街道を少し逸れた森の中で、双頭犬の背から降りる。

 オル、ルトは双頭犬の姿から、二匹の子犬に変身し、ブランも私の腕からウィル様の腕の中へと移動した。


「さて……街に着いたら、昼まで教会で休ませてもらおう。この街道では、昼から夕方まで、他の街へ行く乗合馬車が出ているんだ。昼を過ぎたら、馬車で移動するよ」


「少しでも早く行きたいですものね」


「ああ。でも、もちろん、ミアの体調が一番大切だ。キツくなったら、いつでも遠慮せず言ってくれ」


「ええ、お気遣いありがとうございます」



 そうして、完全に日が昇った頃、私たちは街に到着した。

 教会でベッドを貸してもらって、休息を取る。

 しばらくは昼夜逆転の生活になりそうだが、一刻でも早く、魔女の館へ辿り着かなくてはならない。


「――皆様、どうかご無事で」


 聖魔法を込めた魔法石もあるし、援軍も出ているとはいえ、敵も強大だ。

 私たちが着くまで持ちこたえてくれることを、祈るばかりだった。


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