5-12 決戦への準備
「魔法騎士団の殲滅……? どういうことですか?」
魔族の、王都での活動――その最終段階が、魔法騎士団の殲滅だったのだと、ウィル様は言った。私は、話が見えなくて首を傾げる。
ウィル様は、固い声で続けた。
「ミアには以前、話したよね。俺が魔女を頼って、逆行するきっかけになった事件のこと」
「ええ」
ウィル様が逆行することになったきっかけ。それは、私が彼を庇って、呪いの矢を受けてしまったことだと聞いた。
ウィル様が時間遡行をする前――国中の貴族を集めた、大きな式典での出来事だったという。
「あの事件で、魔族が狙っていたのは、明らかに魔法騎士団の団員たちだった。そして、教会の機能もそのときには弱り切っていて、聖女たちは式典の場に来なかったんだ。傷病者の治療が遅れてしまったせいで、魔法騎士団にもかなりの被害が出た。それで……、ミアの呪いも、深く進行してしまったんだ」
ウィル様の瞳に、暗い陰がよぎる。彼はぎゅっと眉を寄せて、さらに苦しそうな顔をした。
「聖女と神殿騎士団がほとんど機能しなくなったとしても、いずれ何かのきっかけで教会外に強力な聖女が覚醒した際に、魔法騎士団の存在が魔族にとって脅威となる可能性があった。だから、魔法騎士団を潰そうとしたんだろう。……俺が王都を離れてから、王国がどうなってしまったのかはわからないけれど、恐怖、混乱、悲嘆……『呪力』はかなり集まったのだろうな」
「そう……かもしれませんね」
オル、ルトの言った『呪力』の源が、負の感情なのだとしたら――ウィル様の言うとおり、かなりの『呪力』が発生したことだろう。
「聖魔法の力を削ぎ、『呪力』を蓄え……もしかしたら、魔王を復活させる前に、魔族の分体が増えていた可能性もある。奴は、今回もそれを狙っていたのかもしれない」
「なるほど……だから今まで、魔女の館を襲いに行かず、王都で活動を続けていたのですわね」
ウィル様は頷いた。
裏で暗躍している分には、自分自身がダメージを受けることもないし、逆に力はどんどん増えていくのだから。
「ただ、舞踏会でヒースが失敗してから……そうでなくとも、教会の瓦解が始まってからは、奴も方針の転換を考えたはずだ。その間に、なぜ魔女の館を攻めなかったのか……」
『うんとね、それは、王国中に散らばってた、ぼくたち高位魔獣を集めてたからだと思うよ』
『そーそー。あたしたちも、本当は南の方の出身なの。高位魔獣たちには縄張りがあって、基本的には一匹で暮らしてるからね』
ウィル様の、自信のなさそうな声に応えたのは、オルとルトだった。
「戦力の増強、ということか」
『うんうん。いくら高位魔獣とはいえ、一匹や二匹じゃあ、ドラゴンになんて敵わないからね』
『ああ、あと、関係あるかなあ? どっかから魔人たちを連れてきて、何かをたくさん作らせてたみたいだったよ』
『そーだったね。アイツがぼくたちに命令を与えてる後ろで、魔人たちがずーっと黙々と金属を叩いてたっけ』
『あのときは気にならなかったけど、何作ってたんだろうねえ?』
「金属加工……?」
金属と聞いて思いつくのは、市井に出回っていた、呪力の込められた装飾品の類だ。
今はもう作られていないはずだが、よくよく考えると、その職人たちはどうなったのだろうか。
「もしかして、ブティック・ル・ブランの職人たちを連れてきたのかしら?」
「その可能性はあるな。彼らが作っているもの……もしや、あの式典のときに使われた呪いの矢では……?」
ウィル様は、また顎に手を当てて、考えに耽り始めてしまったようだ。
私は、先程からずっと気になっていたことをウィル様に尋ねる。
「あの、ところで。ウィル様、落ち着いていらっしゃいますが……今現在、聖女様たちが魔女の館に向けて移動している間は、大丈夫なのですか? それこそ、館を襲うチャンスのように思えるのですが」
「ああ、それに関しては問題ないよ。魔族も、万能じゃない。今回の襲撃の結果を近くで見ていたはずだから、まだ魔女の館には到着しないはずだ」
「そうなのですか?」
『うんうん、魔族の移動速度は、人間と大して変わらないと思うよ』
『人間より体力があるから、休憩を取らない分、少し速いかもしれないけどね』
オルとルトも、ウィル様に同意を示す。
「それに、魔法騎士団の方も、これまで何の対策もしてなかったわけじゃないからね。あれから、王国内の各所に戦力を待機させられるよう、騎士団のネットワークを増強したんだ」
「もしかして、魔女の館近くにも、騎士様たちが待機しているのですか?」
「正確には、水竜の湖にだけどね。行ってみたら驚くと思うよ。簡易的なコテージが付いた、立派なキャンプ場ができているから」
「まあ! そうなのですね」
「とにかく、あの湖からだったら、いざという時は水竜に運んでもらえば、すぐに増援を送れる。魔獣たちの特徴がわかれば、対策を事前に練ることも可能だ。魔女の心配よりも、どちらかというと、聖女たちを完璧に守り切る方が難しいよ」
「なるほど……。となると……」
「ああ」
私は、オルとルトに視線を向ける。
ウィル様も頷いて、私と同様、二匹に目を向けた。
「とにかく、情報が必要だ。オル、ルト、覚えている限りでいいから、高位魔獣の情報を教えてくれないか?」
『うん、もちろんだよ』
『えっとね、まずはねぇ……』
こうして、徐々に夜は更けていく。
ブランがさすがに眠そうに目をこすり始めたところで、ようやく私たちの会議はお開きになった。
「オル、ルト、ありがとう。おかげでたくさん情報を得ることができたよ」
『どういたしましてー』
『お役に立てて良かったの』
二匹は尻尾を振って、胸を張っている。私とウィル様が、それぞれ頭を撫でてやると、満足そうに「くぅん」と鳴いて、尻尾をさらにブンブンと振りはじめたのだった。
「それじゃあ……おやすみ、ミア」
「おやすみなさい、ウィル様」
ウィル様は、私の額にキスをする。
そうして、すっかり寝息を立てているブランを抱え、自分の部屋に戻っていったのだった。
*
翌朝。
私たちは、神官様にお礼を言って、教会を――両親の思い出の街を、後にしたのだった。
ウィル様が、「少しぐらい遠回りしてもいいだろう」と、街の中を馬車でぐるりと一周してくれて、それから私たちは街を出て行った。
街を出てからは、魔獣の襲撃もなく、穏やかな道中が続く。
馬車で一日半ほど進んだところで、私たちは他の聖女や騎士たちと合流することができた。
彼女たちもゆっくり骨休めして、聖力も体力もばっちり回復したようだ。
ウィル様は街に着いた途端、休みもせずにすぐさま合同騎士団の隊長たちと会議を始め、オル、ルトから得た情報を共有。
出発するのは、もう一泊、この街に滞在してからになりそうである。
聖女たちの中で、聖力に余裕がある人には、先の戦いで回収した魔石を浄化し、順次『治癒』の聖魔法を込めてもらっている。
想像以上にたくさんの魔石が回収できたので、前線に出る騎士だけでなく、後方の騎士や聖女も含めて全員に『治癒』の魔法石を行き渡らせることができた。
また、イレギュラーの『加護』を発動させられるペアは、騎士への聖力の追加供給が最優先で指示されている。
ウィル様の『加護』も先日の戦いで全て使い切ってしまったので、私も、聖力が回復次第『加護』をかけ続けていた。
最終決戦への準備は、着々と進んでいる――。
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