4-31 黒竜と白銀竜
黒雲を割って現れたのは、真っ黒な……
普通の蜥蜴と同様、身体中が鱗に覆われている。
違うところは、その背中に大きな翼があること。そして、口からは鋭い牙がのぞいていることだ。
巨体を宙に浮かせようと翼を羽ばたかせるたびに、嵐のような暴風が巻き起こる。
牙の生えそろった口からは、呼吸のたびに黒炎が漏れ出ていた。
「――ドラゴン!?」
ウィル様は、ブランを地面に下ろして、腰の剣に手をかけつつも、驚きに目を見開いた。
先程までまどろんでいたブランも、さすがに目を覚まして、全身の毛を逆立たせている。
クロム様と私は、急いで結界の準備を始めた。
「グゥォオオン!」
ドラゴンは咆吼をあげると、私たちの前――大蛇を守るように、翼を広げて地上に降り立った。
黒い靄はやはりかかっていないので、魔獣ではないはずだが、ドラゴンはビリビリと強烈な圧を放っている。
「雷鳴と共に現れる漆黒のドラゴン……ふ、これもキャンベルの宿命ということか」
シナモン様は、獰猛に笑うと、剣を抜き魔力を高め始める。
「おい、シナモン、早まるな! 気持ちはわかるが、今はまずい。大蛇とドラゴン、二匹を相手にするとなると、勝ち目はないぞ」
「我ら一族、宿願の敵に背を向けろと? そのようなこと、できるわけがなかろう!」
ウィル様の制止にも関わらず、シナモン様は魔力を練り続けている。
さらに悪いことに、ドラゴンの後ろで、白銀色の大蛇がむくりと鎌首をもたげるのが見えた。
「今は駄目だと言っているんだ! 一旦待避しろ!」
「
ウィル様は必死に止めているが、シナモン様にはもう、ウィル様の言葉は届かないようだ。
一人で前に出て、紫色の雷が迸る剣先をドラゴンに向けている。
「――ファーブニルだと? 何故その名を知っている」
空に垂れ込める黒雲のように、低く重たい声が、ドラゴンの巨体から発せられた。
「は、話した!?」
私は驚いて思わず声を上げてしまったが、ドラゴンの視線がシナモン様から逸れることはなかった。
ウィル様もクロム様もブランも、臨戦体勢を維持しながら、ドラゴンとシナモン様の動向を注意深く見守っている。
「人の子よ。もう一度聞く。何故、お前はファーブニルの名を知っている」
「私が、『英雄』キャンベルの子孫だからだ。お前は、何故キャンベルの元を去った?」
「――そうか、キャンベルか。懐かしい名だ」
「答えよ、ファーブニル!」
シナモン様は、ドラゴンに剣を向けたまま、強い口調で尋ねる。
が、その問いに答えたのは、ドラゴンの声ではなかった。
「キャンベルの子よ。そのドラゴンは、ファーブニルではありません」
「――!?」
それは、女性らしい落ち着いた声だった。
声の出所を探ると、白銀の大蛇が、赤い舌をちろちろと覗かせているのが見えた。
「ファーブニルは、私たちの母です」
「母は、すでに世を去った。我ら――漆黒の天竜と、白銀の地竜を友の元に残して」
「闇夜竜ファーブニルは……すでに他界している?」
大蛇とドラゴンは、威圧を消して答える。シナモン様は戸惑ったように剣先を下ろした。
私たちも顔を見合わせ、結界を解く。
「……ならば……私たちキャンベルの宿願は、どうなるのだ? 私たちは、再びファーブニルに相まみえ、力を認めてもらうために技を磨いてきたのだぞ?」
「キャンベルの子よ、悲観するな。母は、お前たちと共にあった時間を、宝物のように思っていたぞ」
「母からよく聞いていました。キャンベルと共にあり、人の生を知ることができたのは、非常に興味深く面白い経験だったと」
「だが……私の力は」
シナモン様は、納得がいっていないようだ。目標としていた者が、すでにこの世にいなかったのだ――悲嘆するのも仕方がないだろう。
「――キャンベルの子よ。戦って勝つことだけが、強者の証なのか?」
「『英雄』も『勇者』も『大聖女』も、ただの力とは異なる強さをそれぞれ持っていたと、母は言っていました。もちろん、この先の館で待つ『賢者』もです」
漆黒のドラゴンと、白銀の大蛇は、諭すように語りかける。シナモン様は、ついに魔力をおさめた。
一方、驚きをあらわにしたのは、隣に立つウィル様だ。
「――『賢者』? 魔女は、数百年前に『勇者』たちと魔王討伐をしたという、『賢者』その人なのか?」
「そうだ。訳あって、彼女は人の理から外れ、現世に留まっている」
「あなたたちも、彼女に会いにきたのでしょう? あなたたちからは、獣の血のにおいがしませんね。通しても問題なさそうです――さあ、お通り下さい」
ドラゴンと大蛇は、それぞれ左右に道をあけてくれた。
私とウィル様、クロム様、そしてブランは、頷き合って中央を通り抜ける。
そんな中、シナモン様だけは、動かずにドラゴンたちを見つめていた。
「どうしました? あなたは通らないのですか?」
「……いや、通らせてもらう。だが、その前に、一つ頼みがある」
「何だ、言ってみよ」
「――後で、私と手合わせしてくれないだろうか。頼む」
シナモン様は、真剣な表情でドラゴンたちに頭を下げた。
「ふ、我らと遊んでほしいのか。『英雄』もそうやって母に頼んだと聞いているが、子らも同じなのだな」
「私たちは構いませんよ。ですが、先に『賢者』と会って来て下さい」
「感謝する」
シナモン様は再び頭を下げると、小走りで私たちに追いついてきた。
全員が通ったことを確認すると、白銀の大蛇はまた自らの尻尾を噛んで目を閉じ、漆黒のドラゴンは雨雲を割って空へと飛び去っていく。
ドラゴンが去ると雲は晴れ、再び辺りに光が差し始めたのだった。
「……待たせて悪かった。行こうか」
私たちは、頷く。
――魔女の館は、もう目前だ。
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