4-29 大蛇
私たちを攻撃するでもなく、水場を汚すなとだけ注意して、あっさりと飛び立ってしまった巨大鳥。
巨大鳥は、魔女との関係を示唆していた。
「すぐに危害を加えようとしなかったことが、あの鳥と魔女にとっての『合格』を意味する……どういうことだ?」
シナモン様が、疑問を呈した。ウィル様は、顎に手を当てて、思考を巡らせながら口を開く。
「……俺たちは、ミアとブランの言葉がなかったら、あの巨大鳥にすぐ攻撃していたはずだよな?」
「そうだろうな」
皆は一斉に、私の方を向く。
「――魔女は、やはり聖女の力を欲しているのかもしれませんわね」
皆の心配そうな視線が、私に集まっている。だが、魔女にとって聖女の力が必要なものなのだとしたら、交渉を有利に進められる可能性が出てきた。
それにどのみち、ここまで来たら後には退けない。
「……とにかく、行ってみましょう。話はそれからですわ」
三者三様に頷き、私たちは再び歩を進め始めたのだった。
それからしばらくの間。
やはりと言うべきだろうか、空からも陸からも、魔獣の襲撃は全くなかった。
おそらく、先程の巨大鳥に認められたためだろう。
「……こうもあっさり進めるとはね。前回の苦労が嘘みたいだよ」
「前回も、あの巨大鳥は現れたのですか?」
「ああ。降りてくる前に魔法を放って牽制したんだが……それで怒ったんだろうな。先程の咆吼とは違う、奇妙な鳴き声ををあげたと思ったら、魔獣がどんどん寄ってきた。さすがに捌ききれなくて、灰の森まで急いで逃げたよ」
時間遡行前のウィル様は、巨大鳥いわく『不合格』だったのだろう。
それで援軍を呼び、ウィル様は窮地に追い込まれた……そんなところか。
「だが、一番危険なのは灰の森に足を踏み入れてからだ。――奴は、それまでに会った他の魔獣とは一線を画していた」
「……奴?」
「灰色の部分、ここからならもうよく見えるだろう? 目を凝らして見てごらん?」
ウィル様の言葉通り、私はうずたかく火山灰が積もっている部分を、じっと見る。
――ややあって。
緩慢な動きで、灰色の
「う、う、動いた!?」
「あれは……灰ではないのか?」
「ああ。巨大な――蛇だ」
遠くから眺めているときは、まだら状に灰色が散らばっているように見えたが、ここからならわかる。
灰色部分が一続きに、歪な曲線を描いている。まだら状に見えたのは、蛇の腹部分が白灰色、背の部分が少し濃い灰色だからだ。
「確かに、蛇のようですわね……」
「ミアにも形が見えているということは、やはり、奴も魔獣ではなかったんだな」
「ええ。黒い靄は見えません」
魔獣の証拠である黒い靄も見えないが、巨大な動物というのはそれだけで脅威となり得る。
もしもあの蛇が私たちに牙を剥いたら、一呑みにされてしまうだろう。
「それで、あの蛇とやらは、その身体で魔女の館をぐるりと囲んでいるようだが……どうやって館までたどり着くつもりだ?」
「……問題はそれなんだよな」
シナモン様の質問に、ウィル様は顎に手を当ててため息をついた。
「まさか、考えていなかったのか?」
「いや……最初は、前回と同じ方法で強行突破するつもりだったんだが、魔獣に追われていないという現在の状況は想定外でね。もっと良い方法があるかもしれないなと考えていたところだ」
「ちなみに前回というのは、どうやってあの蛇を突破したんだ?」
「氷壁を作る魔法を応用して、蛇の上に橋のような足場を作って向かおうとしたんだ。だが……急激に気温が下がったためか、すぐに気取られてしまい、襲いかかってきた。前には巨大な蛇、後ろには魔獣の大群……おかげで死にかけたよ」
時間遡行前の旅では、魔女の館に着いたとき、ウィル様は満身創痍の状態だったと聞いた。かなり無茶をしたようだ。
けれど、今回はそれぞれ攻撃、防御に優れた強力な助っ人がいるし、後ろから魔獣の大群も迫っていない。
ならば、蛇の縄張りを安全に抜ける方法を考え、試してみる余裕もありそうだ。
「ぷううー」
「ん? なんだ、ブラン。もう腹が減ったのか? 仕方のない奴だ」
ブランが、ウィル様のマントをちいさな手で引っ張っている。
ウィル様は背負っていた荷物を下ろし、中から人参を一本取りだした。
「きゅうー!」
「どういたしまして」
ブランは嬉しそうに人参を受け取り、両手で持ってかじり始めた。
私はそれを見て、一つの可能性を思いつく。
「ウィル様。あの巨大な蛇も生き物なら、食事を取る必要がありますよね? だったら、待っていれば餌をとりに出かけるのではありませんか?」
「ああ、それは俺も考えていた。ただ……俺たちがガス地帯を抜けてから結構な時間が経っているが、あの蛇が大きく動く気配はないだろう?」
「そうですわね……夜行性なのかしら?」
「その可能性が高いね。けれど、このまま夜を待つのも、それはそれで危険だ。この山についての情報は、結局ほとんど得られていない。夜の山には何が潜んでいるか、わからないからね」
「確かに……」
昼行性の動物たちは、先程のやりとりのおかげか、もう私たちを襲ってくることはないかもしれない。
けれど、夜になれば、また異なる生態系が展開されていると考えた方がいいだろう。
ブランも寝てしまうだろうし、巨大鳥のときのように、うまくコミュニケーションを取ることができない可能性もある。
「なら、方法は一つじゃないか。ぐるりと周囲を探索して、通れそうな場所を探すしかないだろう」
「……そうだな。今回は魔獣に追われていないから、通れそうな場所……尻尾の部分を探す時間もありそうだ」
「よし。ならば、二手に分かれて探そうか。この位置から、ぐるりと半周した場所で落ち合おう」
シナモン様の案に全員が頷いた。
連絡を取り合う魔道具の動作確認を済ませると、私たちは二手に分かれて行動することになったのだった。
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