4-28 巨大鳥



 私が指摘したのは、この山には廃棄された魔石が存在しないこと。そして、それ由来の魔獣が発生しないはず、ということだ。

 そこで声を上げたのは、ウィル様でもクロム様でもシナモン様でもなく、元魔兎のブランだった。


「きゅう。きゅ、きゅううるう」


「『それより早く行こっ。ボク、あの青い水と白い岩を近くで見てみたいよっ』、だってさ」


「……そうよね、ブラン。こんな所で考え事なんてしてないで、進んだ方がいいわよね。ごめんなさい、変な質問をして」


「いいや、ミアの疑問ももっともだ。よく気がついたね」


 ウィル様は私の頭を撫でると、「その疑問は研究所に持ち帰って検証しよう」とまとめて、再び歩き出したのだった。




 石灰棚が続く場所は、近づいて見てもやはり不思議な場所だった。

 白い岩棚は、貝殻のような、硬く軽そうな素材で構成されている。窪みがいくつもできていて、そこには目一杯に青い水が湛えられ、溢れた水が高いところから低いところへと流れていく。

 その水は清らかに澄んでいるのに、やはり青く幻想的な輝きを放っている。何か特別な鉱物でも溶け込んでいるのだろうか。


「ブラン、結界を解除したよ。もうガスはないはずだが、身体に異常はないか?」


「きゅっきゅう!」


 ブランは元気いっぱいに返事をして、ウィル様の肩からぴょんと飛び降りた。


「もう変な匂いもしないし、目が痛くなる感じもしない、とさ。俺たちももう、マスクを外して大丈夫だよ」


 ウィル様の合図で皆マスクとゴーグルを外し、各々、水分を補給するなど、小休止した。ブランは、水場でぱしゃぱしゃと跳ね回って喜んでいる。


「長くは休めないよ。そろそろ魔獣に見つかってもおかしくない場所だからね」


「魔獣は空から来ると言っていたな」


「ああ。空の魔獣も、陸の魔獣も、標高が高い方から降りてくる。充分注意してくれ」


 そんな高山地帯から降りてくるということは、やはり魔獣由来の魔石から生まれた魔獣というわけではないのだろう。


「――噂をすれば早速か。来るぞ、気をつけろ!」


 シナモン様がそう告げると、騎士三人の雰囲気がピリリと鋭くなる。

 見上げれば、上空を旋回していた小さな鳥が、どんどん大きさを増してこちらに向かってくるのがわかった。


「……鳥? 待って、あの鳥、黒い靄が見えません! 攻撃しないで!」


「えっ?」


 私の言葉に驚いて、ウィル様とシナモン様は呪文の詠唱を中断した。


「――『防護壁ウォール』っ!」


 クロム様は引き続き呪文を唱え続け、神殿騎士の結界魔法を張る。

 これで、向こうから攻撃を受けても、一度なら弾いてくれるだろう。

 ウィル様とシナモン様は詠唱を中断こそしたが、剣を抜き、魔力を練って警戒を続けている。


 その間に、私たちの何倍もの体躯を持つ、巨大な青白色の鳥が、ドスンと音を立てて地面に降り立ったのだった。


「グルゥァァァア!」


 巨大鳥は、羽を大きく広げて、ビリビリと空気を震わせるほどの大音量で咆吼を上げる。

 ウィル様たちが、腰を落として警戒度を引き上げる。

 ――魔獣ではないかもしれないが、目の前の鳥は野生の動物だ。

 人間を餌だと思っている可能性もある……ということに、私は今更ながらに気がついて恐怖を覚えたのだった。


「ぷぎぃぃぃっ!」


 私の足下で、ブランも巨大鳥を真似るように、毛を逆立てながら威嚇をした。

 ――と、思いきや。


「グルゥ?」


「ぷぎぃ!」


「グゥルァァ?」


「ぷぅぅ、きゅううん」


「グル」


 突然巨大鳥とブランが会話をし始めて、ウィル様は戸惑いを顔に浮かべる。ややあって彼は剣をおさめ、練りつつあった魔力を霧散させた。

 シナモン様にも目で合図を送り、彼女も剣と魔力をおさめる。


 翼をおさめて首を下に向ける巨大な鳥と、目を潤ませて見上げるウサギ。

 ……なんだか、不思議とちょっと和む構図ができ上がって、私は目をぱちくりさせる。


「ええと……ブラン、その鳥は何と言っているんだ?」


「きゅうう、きゅ。きゅうるるうる」


「はあ……」


 ウィル様は、ブランの言葉を聞いて、ますます困惑した表情になる。


「あの……ウィル様、ブランたちは何て……?」


「ええと、最初の威嚇は、『ここはオレたちの縄張りだ、シマを荒らすんじゃねえ』……で、ブランの返した言葉が、『荒らしてないよっ、見ればわかるだろボケ鳥』」


「……ええ……?」


 ちょっと和む構図だと思っていたのに、かなり荒っぽい会話だった。衝撃である。

 ブランはそのまま話し続け、ウィル様はブランの鳴き声にかぶせるように通訳していく。


「それから……『ああん、跳ね回って水を汚しただろうがオマエ』『なんだ、ボクの足が汚いとでも言うのかっ』『実際汚いだろうが』『そんなことない、いつもお風呂に……、あ、そうだ、今日は歩き回って汚れたんだ。ごめんなさいっ』『ふん、わかればいい』」


「な、なんというか……」


 シナモン様とクロム様も、何ならウィル様本人も、顔を引き攣らせている。うん、本当に予想外の会話だった。


「……で、ブランは巨大鳥とあっさり和解したそうだ。ここの水は、巨大鳥たちの飲み水になってたんだな。だから俺たちが踏み荒らすのが気に食わなかったようだ」


「グルゥ、グルルゥ。グル、グルゥ。グルァァ」


 巨大鳥は、ブランに何かを言い残すと、そのまま飛び去ってしまったのだった。

 ブランは、ウィル様に向き直り、一生懸命説明している。


「……『オマエたちは魔女の客人だな。オレにいきなり攻撃してこなかった奴は、久しぶりだ。合格だ、これ以上水を汚しさえしなければ、このまま通してやる』と」


「では……今のは、魔女の使い魔? 私たちを試していたのかしら?」


「……そうかもしれないな」


 ウィル様は、何とも言えない表情で、巨大鳥の飛び去っていった方向を眺めていた。

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