4-17 ウサギさん
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
現実のウサギの鳴き声や生態とは違うと思いますが、創作の都合上、ご勘弁ください。
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ウィル様が魔兎に聖力の塊をぶつけた後。
そこに残されていたのは、黒い靄がすっかり消え去り、つぶらな瞳でウィル様を見上げる茶色のウサギだった。
「きゅるる」
ウサギは小さく鳴くと地べたに座り込み、片方の足を上げた。
その瞬間、チャキ、と音を立てて、ウィル様がウサギに剣を向ける。
彼は冷たい目でウサギを見下ろしていた。今にもその刃を振り下ろしそうだ。
「やめて、ルーク! 剣をおさめて!」
私は急いで叫ぶ。
「……聖女様?」
ウィル様は驚いたように剣先を揺らし、私の方へ一瞬、視線をよこした。
「もう、黒い靄は消えているわ。あの子はもう魔兎じゃない。ただのウサギさんよ」
ウィル様は、訝しむようにウサギを観察する。ウサギは、足で耳の裏をひっかいていた。片足を上げたのは、攻撃の意思表示ではなく、かゆかっただけらしい。
「……本当に、もう脅威はないのか?」
「ええ。黒い靄は綺麗さっぱり消え去っています。見るからに害意がないでしょう?」
「確かに……」
隣でシュウ様が問いかけ、私はそれにはっきりと答えた。そして、ウィル様とウサギの方へ向かって迷いなく歩を進める。結界の外でしゃがんで、ウサギと目線を合わせた。
「きゅううん」
「ウサギさん、もう大丈夫よ。怖かったね。苦しかったね」
「きゅい!」
私が話しかけると、ウサギは、耳をぴくぴくさせて、辺りをぴょんぴょんと跳ね回った。
ようやく剣をおさめたウィル様が、不思議そうにそれを見ている。
「……聖女様。これはいったい?」
「ルークの放った聖力の塊で、呪いが浄化されたみたい。黒い靄はすっかり消えているわ」
「もう、魔獣化しないのですか?」
「それはわからないわ。けれど、今のところは、体内から靄は出てきてないから、しばらくは大丈夫だと思う」
もう大丈夫だとは思うけれど、万が一、という場合がある。私も、時間が経ってからのことには確信が持てなかった。
「そうですか……となると、どうしましょうか、シュウさん。魔兎は凶暴化しても脅威が低いですし、経過を観察してみたい気もしますね」
「そうだな。再び結界を施して、魔法石研究所に運ぶか。結界は私が張ろう」
「はい、お願いします」
シュウ様は頷くと、呪文を唱え始めた。
「――『
呪文が完成すると、地面から土の塊が伸びてきて、鳥籠のように格子状に固まる。
土が原料とは言え、岩のようにしっかり固められていて、ウサギさんが掴んでもびくともしない。
「それにしても、どういうことだろう。やはり魔獣と呪いには関連があるのか?」
ウィル様は、ぼそりと呟く。
聖魔法で魔獣の靄を払える……それは、闇魔法が関わっていることの証左だろう。
「そういえば、深く考えていなかったが……そうだとしたら、子供の時のことも、納得がいくな」
「……子供の時のこと?」
「帰り道で話すよ」
私が尋ねると、ウィル様は私にだけ聞こえるように囁き、白いハットを深くかぶり直した。
「聖女様ー! 騎士様ー! 魔法使い様ー!」
後ろから私たちを呼ぶ声が聞こえ、私もヴェールの位置を直す。
どうやら、避難してもらっていた住民たちのようだ。
シュウ様が数歩前に出て、私たちのかわりに対応する。
「皆様、お怪我はありませんか?」
「おかげさんで、皆無事です。一番下の孫が転んですりむいたくらいで」
「あら……よろしければ治療致しましょうか?」
「とんでもねえ! 擦り傷ぐらい、洗って乾かしゃあそのうち治ります。恥ずかしながら、寄付金も払えねえですし」
私が思わず治療を提案すると、農家の老人は、顔の前で手をぶんぶんと振った。
私は寄付金をもらうつもりなどなかったが、言われてみれば、教会へ通う層は貴族……寄付はけっこう大きい金額なのだ。自力で治せる傷なのに、聖女の力を求める必要はない。
「普段は男手があるんで魔兎ぐらいなら何とかしちまうんですが、今はちょうど女子供と年寄りしかおらんかったもんで。皆様に来てもらって助かりました」
「いえ。困っている方を助けるのが、我々の仕事ですから」
「それで、その。依頼料なんですが、いかほどお支払いすれば……」
腰を低くして体の前で手を揉む老人に、シュウ様は不快そうな表情をすることなく、むしろ笑みを深くして答える。
「今回は、ある条件をお守りいただけさえすれば、依頼料のお支払いは不要です」
「えっ? そ、それは一体どういう条件で……」
「魔兎の遺骸を、まるごと引き取らせてもらうこと。それから、今回討伐に来た我々の外見や名前などの情報を、他に漏らさないことです」
シュウ様が『遺骸』と言ったので、私は先程彼が用意した、土のケージを見やる。
ケージの上から布がかけられていて、中が見えないようになっていた。
「その程度でしたら、喜んで!」
「助かります」
老人は、あからさまにホッとした様子で、即答した。
シュウ様は、秘密を絶対に守るように念を押したが、この様子なら問題ないだろう。
「では、我々はそろそろ失礼します」
シュウ様はウサギの入れられたケージを布ごと持ち上げ、馬上にくくりつけた。
私は行きと同じく、ウィル様に横抱きにされて、馬に乗せられる。
すぐにウィル様が私の後ろに乗り、両腕で私を抱え込んで、手綱を握った。
そうして、あっという間に魔獣討伐は完了し、私たちは魔法石研究所への帰路へついたのだった。
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